先日、秋葉原のメードカフェでの撮影現場へ、昼食と夕食の2回配達がありました。
エレベーターを降りると、店内は熱気ムンムンで 足の踏み場が無いぐらい配線コードと小道具がいっぱいでした。
お弁当の入ったダンボールと、缶のお茶の入ったダンボールは 目の高さに捧げ持たなければ通れない狭さでした。
帰るときに制作さんの上司と思われる人に、
「みねやさんがんばってるね!俺は13年前に○○○○(映画製作会社)にいたんだよ」
と声をかけられました。
13年前は、「ロケ弁当専門店 みねや」の創成期でした。
撮影の為にお役に立てることが嬉しくて,寝ずにがんばりました。
どこへでもでもお届けしました。
猪苗代湖で、開通前にだけ許された高速道路上のドラマの撮影があって、
泊り込みでケータリングサービスをしたこともあります。
飽きずに食べてもらえる、体に気を配ったお弁当を作り続けてきました。
それが、次のそしてまた次の制作さんに喜んで貰えて、今日があるのだと思います。
あのころの事がいろいろと思い出されてジーンとしました。
エレベーターを降りると、店内は熱気ムンムンで 足の踏み場が無いぐらい配線コードと小道具がいっぱいでした。
お弁当の入ったダンボールと、缶のお茶の入ったダンボールは 目の高さに捧げ持たなければ通れない狭さでした。
帰るときに制作さんの上司と思われる人に、
「みねやさんがんばってるね!俺は13年前に○○○○(映画製作会社)にいたんだよ」
と声をかけられました。
13年前は、「ロケ弁当専門店 みねや」の創成期でした。
撮影の為にお役に立てることが嬉しくて,寝ずにがんばりました。
どこへでもでもお届けしました。
猪苗代湖で、開通前にだけ許された高速道路上のドラマの撮影があって、
泊り込みでケータリングサービスをしたこともあります。
飽きずに食べてもらえる、体に気を配ったお弁当を作り続けてきました。
それが、次のそしてまた次の制作さんに喜んで貰えて、今日があるのだと思います。
あのころの事がいろいろと思い出されてジーンとしました。