「白村江の戦い」 の なんで? -本編 その2- 2017年02月02日 | 歴史 1. 663年8月27日 新羅の陸戦軍が、アホボン豊璋が逃げ出しして手薄な 復興百済の拠点、周留城を包囲した。 公州から、錦江の河を下って唐の軍船 170艘が、周留城に近い川岸 白村江に船列を構えた。 (私は、そんなに大きな軍船が、錦江の河口から60km以上も河上の公州へ 本当に行き来できたのかと、疑いを持っていましたが、 百済に旅行し、此の目で、錦江の流れを目にし、その河幅の . . . 本文を読む