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座右の銘 学び続けること

2021-08-15 11:09:00 | 日記
この座右の銘は、ここ最近決めました。2021年は、今までの人生の中では経験した事のない失敗や体験をし、失態と憎いとも思える悔しさをしました。
でもそこから、本来の自分が見えるようになって、自身をより知る事ができたように思えます。
今までの自分がどうゆう考えも持っていて、どうゆう人間だったのか?
すごく考えるようになった。
同時になぜこのような結果になったのか?要因を必死に探しました。
考えて考えて、自分で感じたことや納得した事を書き出してみようと思う。
周りが見えていなかった。本来の目的は何だったのか?何のためにやっていたのか?
何かを見失いながら、自分の存在感と価値感を示そうとしていたのかもしれない。
だから無意識に人を見て、自分とその人の立ち位置を比べて接していた。
対応して場をわきまえて接する事は良い事だが、その場しのぎみたいで
自分にとって、薄い時間。むしろ何の時間だったのか?とも言える。
またその行為から言えるのは、プライドが高かったのもしれない。
嫌われるのが怖くて、自分に対する否定的な意見に傷つくのが嫌で、逃げてた。
そして、自分の心地良い所にプライドを保っていた。
素直、謙虚という言葉は、凄い大事なの事だとは頭では知っていただけだけど、
自分には一番欠けていた気がする。
周りにはどう見られていたのかは分からないけど、大人からは良い子で、皆に配慮ができて、
何でも合わせられる柔軟性があって、付き合う人皆が私といる楽しくなってしまうような
ハキハキしてる賢い子。そう思われるように私は接してたので、そうでありたい。
同年代や歳下からは憧れる存在でありたいがためにあたかも何でも知ってる物知りで、
皆が凄いと思える自分の中にある引き出し=ネタに近いものを出せるだけ出していたような
気がする。だからそのネタを仕入れるために見栄を張りたいがために行動した事も少なくはない
と思う。ここに関しては、多少の後悔はあるけど振り返れば良い経験だったとも言える。
行動を駆り立てる原動力とは何だったんだろう。。









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