計画停電で改めて思った、電気にどれだけ頼って生きているか・・・
1日2回停電があると大忙し
午前中から13時まで停電だったのに、今度は16時半からって
ミシンやってアイロンで仕上げて、あっ納品書をプリントアウトしてないっ
作業中に付属が足りないー、でも店も3時間しか開いてない~
大急ぎで買いに行って、パソコンも確認しなくちゃーーー
暗くなる前にご飯の支度もしておきたかったけど。
糸くずと埃だらけの部屋・・・結局掃除機もかけられなかった・・・もちろん洗濯機を回す時間もなく。。。
私の生活って電気が無いと全然だめ
おかげで早寝早起きになりました昔の人は本当に大変だったのね。
そして、私は料理する時に冷蔵庫の開け閉めが多すぎる気をつけようっと。
これでガスも水道もない生活って。。。想像できません。本当に恵まれている。とても有難いです・・・。
先日、突然襲撃してきたレイちゃん家
地震以降、かなりナーバスになっていたムックさんに嬉しい来客。
この日は私はほとんどカメラ触ってません。レイちゃんパパが私のカメラで色々写してくれてました
そして、みんなでこれまたお久しぶりの太郎家へ
レイちゃんはいくつになっても白髪が全くないね。ツヤツヤ 太郎も立派なゴールデンさんになったねぇ
ムックはお髭ボーボー。でも私はこのヒゲボーボーが大好き
レイちゃんパパが「どうしてムックは目にピントが合い易いか分かった鼻が無いからだっ」 って
シツレイなっ!うるせーよなぁ。笑 確かにレイちゃんはお鼻高いねぇ~
久々にみんなで笑ってご飯いっぱい食べた夜でしたどうもありがとう~
首肉やばいムックさんですが本日、D+HOLICは新作を少しだけアップしました。良かったら覗いてみてくださいね
この地震で皆様、色んな事を考えた事でしょう。私もこんなに脳ミソを使って色々考えたことが無い程。
思った事イロイロ
あの日以来、砂浜にも下りていないし、海岸線沿いも歩いたり通ったりしていません。
でも今日は波乗りしているサーファーがいました。
津波注意報は解除されたけど余震は続いてるし、ましてこんな事になっていて海に入ろうと思える気持ちがよくわかりません。
昨日、ムックの散歩の帰りにちょうどスーパーが開店していたので入って買い物をしました。
1つ700グラムくらい入っているでっかい鶏ムネ肉のパックを5個も6個もあわててカゴに入れているオバさんに
通りかかったオジさんが「そんな事するからおかしくなるんだ」と言っていました。
そうですね、どんだけ大家族か知りませんが10人いてもそんなにムネ肉食べないでしょう。
買い物している人のほとんどが、勝手な想像ですが多分家中の食べ物を食べ尽くして何もない!って感じではないと思います。
赤ちゃんや介護等のものは必要だろうけど。
スーパーは電気もついて音楽も流れて、品物は集中して無くなっているだけで、良く見れば食べるものは豊富にある。
ウチは多分1週間は水も食べ物も平気だと思うし、ガスや電気がもし使えなくなっても4~5日くらいは平気かと
なので、もう食品等の買い物はやめました。レジに並ぶ時間がもったいないですね
もしトイレットペーパーなくなっても、ウチは生地はたくさんあるしね(最悪それで拭けば)
それからパソコンの迷惑メールって、こういう時もお休みなしなのね
セキュリティを強化するとお客様からの問い合わせや下手すると受注メールとかも迷惑メールに入ってしまうので
あまり強くは出来ないから仕方ないのだけど、地震の日もすっごい多くて
私は人妻も女子高生も興味無いしてかオンナだしっ
仕事中にテレビをつけて報道を聞きながらやっていると、気が乱れてミスが多くやり直しばっかりになってしまいます
なので、仕事中はラジオのみに。
申し訳ないけれど、地震後の週明けのTVにCMが入っていて、それを観てなんとなくホッとしてしまいました。
コマーシャルを観て、こんな気持ちになるなんて・・・。
度重なる辛い現実を直視しなければいけないけれど、繰り返し観ていると催眠術にかかったみたいになってしまいます。。。
近所のドラッグストアは電気を半分落として営業してました。
テレビ局も照明を落として薄暗い中で報道してくれたら、私達のコンセントを抜く等よりはるかに多く節電できるのでは?
映像は必要だけど司会者の顔なんて見えなくていいし。肝心な事だけ分かれば良いし。
昨夜は初めての夜の計画停電。停電後もロウソクで過ごしましたが22時半頃、ちょっと大きめの地震
そしたら、ダメですねトイレとか玄関とか、あちこちに置いているといざという時に全部消せないかも
もしもの時に2次災害になってしまうので、これからはロウソク使うのは1か所にします。
ムックのご飯は手作りなのでこういう時困りますね。フードストックが冷凍しているものしかないのです。
なので最近は冷凍物はいざという時の為にとっておいて、その日に1日分作って与えています。
それを食べさせる時に罪悪感がわいてきます・・・。
味が無いだけで人間もじゅうぶん食べれるものだから。まして温かい。
だけど、その材料をすぐに持って被災地に行けるかと言ったらそうではない。
今は私は仕事を一生懸命して、少しでも多く募金しようと思っています。
宮城の被災しているお友達の御兄弟から(友達の安否はわかりましたが直接は連絡はとれず)
「被災地は原発も非常に気になるし、食料もガソリンもなく、治安も悪いようです。本当の戦いはこれからのようです。」
と、お言葉を頂きました。
そろそろ疲労もピークで限界ぎりぎりの頃かもしれません。
どうかどうか、みんな負けないでください。
なんだか緊張して証明写真撮っているヒトみたいですが
ムックは首肉の構造上、普段はカラーは付けていないのですが今は常に装着。
このカラーは16歳まで生きたゴールデンレトリバーさんの形見(すごい)
付いているネームタグは、昨年若くしてお空に旅立ってしまった私のお友達がムックにプレゼントしてくれたもの
絶対、どちらも守ってくれそうです
東日本大震災が起こってから4日。それにつれて鮮明に映し出される映像・報道・問題・二次災害・・・余震の恐怖におびえる生活。
そしてまだ未だに発見されていない方の凄すぎる人数・・・。あまりにもつらい現実。先が見えてこない。
試練としてはあまりにも過酷です。どうか地球の怒りよ治まってください。
地震当日は私は近所のサーフショップに居ました。三階建ての複合ビルの一階。目の前は海。
最初からかなり大きな揺れでただ事ではないとみんな思いました。
サーフボードが何本も倒れ、ショップのディスプレイは落下し停電。スタッフと急いで外へ。
そこには他の店のスタッフ、レストラン「Bills」で食事をしていたお客さんや美容院のスタッフ、
お客さん(中にはシャンプー中で髪が濡れたままの方も)みんながいて、揺れに耐えながら踏ん張って立っているだけ。
お洋服屋の「Cher」のボディはみんな倒れていました。
私は「絶対ヤバい!家の中が大変だ・・・。一人で留守番のムックが・・・。」と、ただそれだけを思っていました。
最初の大きな揺れが落ち着き、原チャを飛ばして家へ。急げば三分くらい。
あの家のドアを開ける時の心臓のバクバクといったら・・・!
今までの経験であんなにドキドキしたのは、ムックが噛まれた時くらい。
玄関を開けて「やっぱりヤバい!」そう思いました。もうすでに玄関で色んなものが落下して散乱。
リビングのドアを開けたら、ムックが弾丸のように飛び出してきて庭でブルブル震えていました。
その時は散乱している部屋の写真なんて撮る余裕もなかった。
ベッドがある和室では、ベッド横の天井まである高い本棚の本が半分くらい落ちて
CDも棚から落ち散乱、それ以外にも写真やら額やら、まー色んなものが落ちていました。
隣のリビングも和室ほどではないけれど、どの壁からも何かしら落下。
我が家は古くてボロいので揺れもひどかったのかもしれないけれど、
それゆえに借家でも何をしてもOKなので、何でもかんでも壁に色々取り付けてあるのです
キッチンではかなり重いドアの付いた食器棚(正確には病院の薬棚)の扉が開いて
グラスやカップが四個割れていました。
もっとたくさん落ちていたのに大丈夫だったのは、偶然その食器棚の前に、最近買った大量の生地を置いていたから。
でも、調味料やら缶詰め、BRITAの水入れ(ご丁寧に水入り)が落下し、ガラスの破片や水をぶちまけた感じでした。
とりあえず家はそのままにして、震えるムックをリュックに入れ原チャに乗って再びサーフショップに戻りました。
店の向かいにある真っ暗なコンビニ、点灯していない信号、異常なまでに潮が引いている海、
「津波警報が発令されたので高台に避難してください!」というアナウンスの消防車が往来しているR134は
あの観光地として賑わう鎌倉とは思えない位、とても不気味でした。
結局しばらくして家に戻ったのですが、ムックは家を怖がってなかなか入ろうとしない。
リビングの落下物は拾って、ムックをなだめて、やっと家に入れてずっと撫でていました。
ムックはかなり長い間震えていました。
鎌倉は場所によって結構揺れの大きさに差があったみたいで(家の造りや地盤にもよるのでしょうけど)
「割と大丈夫だった」というところもあれば、ウチやサーフショップのようにひどかった所もあります。
近所のスーパーも酒コーナーの瓶がたくさん落ちて割れ、酒臭くて大変だそう。
我が家もガスは「地震時停止装置」が作動して止まっていたので、私が経験した揺れより大きかったのかも?
斜め向かいの家のおじさんに後日どうだったか話を聞いたら「外に出ても立っていられなかった」と。
「ウチの犬の声はした?」と聞いたら、何も聞こえなかったそうです・・・。
狭い14畳くらいの部屋を、落下物から逃れながら声も出せずに逃げ回っていたのかと思うと
可哀想で胸が詰まります。
我が家は海からは平坦続きで、しかもすぐ側には海からつながっている川も流れています。
水位が上がっただけでも危険だろうと、ご厚意で地震の夜は高台のゴディバ君ちに泊めて頂きました。
まあ、ムックも家を怖がって嫌がっているのでね
ムックは翌日もゴディバ君ちで預かって頂き、私は家の片づけをして仕事をしました。
でも、いつ何があるかわからない。その間も原付バイクを家の前に置きヘルメットはすぐ被れるようにして
津波が来たら猛ダッシュでゴディバ家に行く覚悟でいました。(それで間に合うのかは不明だが)
津波警報が津波注意報に変わった夕方、やっとムックも家に戻ってきました。
これが本棚。本が落ち、その前の鏡台にある化粧品も散乱。音もすごかったでしょう。こんな配置はイケナイね。
本棚は翌日L字のパーツで壁に固定しました。
これが食器棚。安くて頑丈なコップは割れず、お気に入りの薄いワイングラスなどが犠牲に。
泊めてもらった日の夜。仲良く一つのお布団でゴディバ君と ムックはホッとした顔をしている。
地震以降、お腹がユルかったムックさん。やっと今日から調子のいいウンモが
今回改めて思った事は色々あるのですが。それにしてもご近所付き合いって本当に大切ですね。
色んな友達が「ウチにおいでよ~」って連絡をくれました。
優しい方々に囲まれて、本当にありがたい限りです。
暖かいお布団で寝れる幸せ。愛する家族やペットと一緒にいれる幸せ。色々かみしめて
もちろん一生忘れられない事だけど、何かに繋げていかなくては…と思います。
そして、どうしても暗くなってしまうんだけどマイナスの相乗効果は避けたい。
今自分の出来る事を最大限実行したいと思います。
そしてまだ未だに発見されていない方の凄すぎる人数・・・。あまりにもつらい現実。先が見えてこない。
試練としてはあまりにも過酷です。どうか地球の怒りよ治まってください。
地震当日は私は近所のサーフショップに居ました。三階建ての複合ビルの一階。目の前は海。
最初からかなり大きな揺れでただ事ではないとみんな思いました。
サーフボードが何本も倒れ、ショップのディスプレイは落下し停電。スタッフと急いで外へ。
そこには他の店のスタッフ、レストラン「Bills」で食事をしていたお客さんや美容院のスタッフ、
お客さん(中にはシャンプー中で髪が濡れたままの方も)みんながいて、揺れに耐えながら踏ん張って立っているだけ。
お洋服屋の「Cher」のボディはみんな倒れていました。
私は「絶対ヤバい!家の中が大変だ・・・。一人で留守番のムックが・・・。」と、ただそれだけを思っていました。
最初の大きな揺れが落ち着き、原チャを飛ばして家へ。急げば三分くらい。
あの家のドアを開ける時の心臓のバクバクといったら・・・!
今までの経験であんなにドキドキしたのは、ムックが噛まれた時くらい。
玄関を開けて「やっぱりヤバい!」そう思いました。もうすでに玄関で色んなものが落下して散乱。
リビングのドアを開けたら、ムックが弾丸のように飛び出してきて庭でブルブル震えていました。
その時は散乱している部屋の写真なんて撮る余裕もなかった。
ベッドがある和室では、ベッド横の天井まである高い本棚の本が半分くらい落ちて
CDも棚から落ち散乱、それ以外にも写真やら額やら、まー色んなものが落ちていました。
隣のリビングも和室ほどではないけれど、どの壁からも何かしら落下。
我が家は古くてボロいので揺れもひどかったのかもしれないけれど、
それゆえに借家でも何をしてもOKなので、何でもかんでも壁に色々取り付けてあるのです
キッチンではかなり重いドアの付いた食器棚(正確には病院の薬棚)の扉が開いて
グラスやカップが四個割れていました。
もっとたくさん落ちていたのに大丈夫だったのは、偶然その食器棚の前に、最近買った大量の生地を置いていたから。
でも、調味料やら缶詰め、BRITAの水入れ(ご丁寧に水入り)が落下し、ガラスの破片や水をぶちまけた感じでした。
とりあえず家はそのままにして、震えるムックをリュックに入れ原チャに乗って再びサーフショップに戻りました。
店の向かいにある真っ暗なコンビニ、点灯していない信号、異常なまでに潮が引いている海、
「津波警報が発令されたので高台に避難してください!」というアナウンスの消防車が往来しているR134は
あの観光地として賑わう鎌倉とは思えない位、とても不気味でした。
結局しばらくして家に戻ったのですが、ムックは家を怖がってなかなか入ろうとしない。
リビングの落下物は拾って、ムックをなだめて、やっと家に入れてずっと撫でていました。
ムックはかなり長い間震えていました。
鎌倉は場所によって結構揺れの大きさに差があったみたいで(家の造りや地盤にもよるのでしょうけど)
「割と大丈夫だった」というところもあれば、ウチやサーフショップのようにひどかった所もあります。
近所のスーパーも酒コーナーの瓶がたくさん落ちて割れ、酒臭くて大変だそう。
我が家もガスは「地震時停止装置」が作動して止まっていたので、私が経験した揺れより大きかったのかも?
斜め向かいの家のおじさんに後日どうだったか話を聞いたら「外に出ても立っていられなかった」と。
「ウチの犬の声はした?」と聞いたら、何も聞こえなかったそうです・・・。
狭い14畳くらいの部屋を、落下物から逃れながら声も出せずに逃げ回っていたのかと思うと
可哀想で胸が詰まります。
我が家は海からは平坦続きで、しかもすぐ側には海からつながっている川も流れています。
水位が上がっただけでも危険だろうと、ご厚意で地震の夜は高台のゴディバ君ちに泊めて頂きました。
まあ、ムックも家を怖がって嫌がっているのでね
ムックは翌日もゴディバ君ちで預かって頂き、私は家の片づけをして仕事をしました。
でも、いつ何があるかわからない。その間も原付バイクを家の前に置きヘルメットはすぐ被れるようにして
津波が来たら猛ダッシュでゴディバ家に行く覚悟でいました。(それで間に合うのかは不明だが)
津波警報が津波注意報に変わった夕方、やっとムックも家に戻ってきました。
これが本棚。本が落ち、その前の鏡台にある化粧品も散乱。音もすごかったでしょう。こんな配置はイケナイね。
本棚は翌日L字のパーツで壁に固定しました。
これが食器棚。安くて頑丈なコップは割れず、お気に入りの薄いワイングラスなどが犠牲に。
泊めてもらった日の夜。仲良く一つのお布団でゴディバ君と ムックはホッとした顔をしている。
地震以降、お腹がユルかったムックさん。やっと今日から調子のいいウンモが
今回改めて思った事は色々あるのですが。それにしてもご近所付き合いって本当に大切ですね。
色んな友達が「ウチにおいでよ~」って連絡をくれました。
優しい方々に囲まれて、本当にありがたい限りです。
暖かいお布団で寝れる幸せ。愛する家族やペットと一緒にいれる幸せ。色々かみしめて
もちろん一生忘れられない事だけど、何かに繋げていかなくては…と思います。
そして、どうしても暗くなってしまうんだけどマイナスの相乗効果は避けたい。
今自分の出来る事を最大限実行したいと思います。
オイシー!毎日食べても飽きない大好きなお魚。自分で買って食べれるのかしら?この秋
ようやく朝晩は涼しい日が出てきたこの頃。朝から晩までエアコン×7日が人間の体調的に辛くて
夜は寝るまでの間だけ数時間、扇風機で過ごす事に。
室内にも関わらず、保冷剤を首に巻かれて涼をとらされている不憫な犬
だってエアコンを効かせてると、絶好調で盛り上がって遊んじゃうんだもん
ティガーの縫いぐるみを子分だと思っているムック。
デッカイのにソファーの上まで移動させる事が出来るの。
オイオイオイ、この部屋はムックだけの部屋では無いんだよ
最近の掘り出し物
ずっと欲しかったTHERMOSのマグ
長い間欲しくて悩んでたけどお高くて買えなかった・・・。
先日半額ぐらいで売っているのを見つけたんだけど、欲しい赤色のは完売で見本品しかなかったの。
ダメもとで見本を売ってもらえないか聞いたらナント定価5250円が1000円に嬉しい~~
そして、そして…最近のウレシイは
昨日でやっとやっと飼い主、手の病院通いが終わりましたーーー
そう、実はまだ指の骨折で通院してたのです・・・
長かったなぁ…ちょうど1年半 その間に病院も移転新設しちゃって、こんな素敵になっちゃって
骨も完璧には付かないだろうと言われていたのに、半年ぶりにレントゲンを撮ったら付いていました
手や指などの神経損傷等の改善は1年過ぎた頃から見えてくる事が多いらしいのです。
まだ飲み薬は2カ月分出たけど、完璧には治らないけど、でもすっごく嬉しい!
なんだろ?学生の頃の試験勉強が終わったような?長い受験が終わったような?そんな清々しい気分
そして、あの時の事からやっと本当に解放された気がします。
通院が終わったら、豪華ランチしようと思っていたお店があるんだぁ。今度行こうっと
この診察券ともオサラバじゃ(他の件でもお世話にならないようにしないと)
ムックさんも今日は病院でワクチン打ってきました。体重はやっぱり13キロに戻ってた
これからは病院知らずの我が家になりますように