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【訃報】 藤村俊二氏死去(82歳)

2017年02月01日 18時01分04秒 | 訃報

転載元:⭐️naナmi  ☯意識遠い系 HSsI♡‏@nanachin1974 さんのツイート〔17:57 - 2017年2月1日

芸能界のあの人、この人がどんどん鬼籍に入っていくな。


〔資料〕

「藤村俊二おひょいさんの由来はこれだった!!」

    なログ(2017-02-01)    

☆ 記事URL:http://miitomo.click/archives/735

「おヒョイさん」の愛称で親しまれた俳優の藤村俊二さんが1月25日、心不全のため死去した。82歳。神奈川県鎌倉市出身。体調不良のため、2015年10月で日本テレビ系「ぶらり途中下車の旅」のナレーションを降りてから療養生活を送っていた。
 軽妙な味で多くのファンに愛された「おヒョイさん」が静かに逝った。11年10月から担当し、好評を博した「ぶらり…」を降板する際、長男で所属事務所の代表を務める亜実さんは「どこかが悪いというわけではないが、“思うように仕事が出来ないまま、皆さまの前に姿を見せたくない”と言っている」と説明。原因不明の体調不良で、一昨年10月末から入退院を繰り返していた。
 実父は東京・有楽町の映画館スバル座やオリオン座などを持っていたスバル興業の社長だった。藤村さんは小学校から高校まで暁星学園で学び、演出家を目指して早稲田大学第1文学部演劇学科に入学したものの中退。東宝芸能学校舞踊科に入り直した。
 日劇ダンシングチーム12期生として1960年に渡欧したが、あまりのレベルの高さに自らの限界を痛感して舞踊家の道を断念。帰国して振付師に転向した。ザ・ドリフターズの大人気番組「8時だョ!全員集合」では民謡「北海盆唄」をアレンジしたオープニング「エンヤーコラヤ ドッコイジャンジャン コーラヤ」を振り付けた。同番組ではエキストラとしての出演も求められたが、これが嫌で「ひょい」と逃げたことから「おヒョイ」のあだ名がついた。
 軽妙でとぼけた味が人気で、フジテレビ「なるほどザ・ワールド」、日本テレビ「ゲバゲバ90分」、TBS「ぴったしカン・カン」など、バラエティーやクイズ番組に引っ張りだこ。映画「青春喜劇・ハレンチ学園」(70年)、「喜劇・猪突猛進せよ!!」(71年)や三谷幸喜脚本の「王様のレストラン」(95年)、「古畑任三郎」(96年)などのドラマでも評判を呼んだ。声優やナレーターとしても才能を存分に発揮した。
 愛川欽也さん、大橋巨泉さん、財津一郎(82)らと結成した「昭和九年会」のメンバー。芸能活動の一方で、南青山でバー「O,hyoi,s」(オヒョイズ)を経営していたが、10年12月に閉店。私生活では1961年9月に元日劇ダンサーの女性と結婚して一男一女をもうけたものの、95年に離婚。翌96年にニュース番組のリポーターなどを務めていた長尾みか代さん(54)と再婚。28歳差婚が話題を呼んだ。
 ◆藤村 俊二(ふじむら・しゅんじ)1934年(昭9)12月8日、神奈川県鎌倉市生まれ。日劇ダンシングチーム12期生として60年に渡欧。帰国後、振り付け師に転向し、レナウン「イエイエ」のCMなども担当。三谷幸喜作品に俳優として多く起用された。「タレント」という肩書きが嫌いで「アクター(俳優)」を自認していた。
参考:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170201-00000122-spnannex-ent

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