のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

いつから政治は、国民の結果責任となったのか。

2015年09月29日 04時01分10秒 | 社会運動
徳永みちお
‏@tokunagamichio さんのツイートです。

――雑感:NHKによるNHK解説委員7人の討論会で、アベノミクス選挙に騙され、安保法制を成立させた責任の一端は国民にもあると言ってたが、その通りかもしれない。「政治は結果責任」と言うが、本当は「政治は国民の結果責任」と国民は自覚すべきだ。 〔5:55 - 2015年9月23日 〕――

「安保法制を成立させた責任の一端は国民にもある」

と言われる。

理由はと言うと、

「政治は国民の結果責任」だからだという。

権力に非常に都合のいい解釈だ。

徳永みちおさんて、

こんな発言する人だったのですね。

伊丹万作氏の

「一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う」

という主張と似てなくはありません。

☆ 記事URL:http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20130507/1367881891

すなわち、、

日本人全体に罪を問うている点、

同じです。

しかし、伊丹氏が国民に罪を問う根拠は、

「だましだまされる」関係です。

結果責任ではありません。

この点、

区別しておく必要があります。

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