ゲーテ座にて
今宵9時開演
アマチュア・ドラマティック・クラブによる
「グリーン・ストッキングス」
一回限り公演
謹告
開演時間厳守のためお早めに席にお着きください。
1921(大正10)年4月9日(土)ジャパン・ガゼット紙に掲載された横浜の外国人劇団「アマチュア・ドラマティック・クラブ」(ADC)第42回公演の広告である。
演目の「グリーン・ストッキングス」は「矢の家」や「薔薇荘にて」等の探偵小説で知られる英国の作家A. E. w. メイスンによる三幕ものの捧腹絶倒コメディ。
公演の前評判は上々で、7日の新聞は残席数を一般23席とボックス2席と伝えていたが、当日にはほぼ満席となった。
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物語の舞台は、南アフリカの植民地をめぐる英国とオランダの争いから起こったボーア戦争時代の英国の片田舎の邸宅である。
主人公はこの家の四人姉妹の長女シーリア。
彼女はこのところ、あることに心を悩ませていた。
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それは、姉妹のなかで姉が独身(結婚も婚約もしていない)の場合、妹の結婚式に緑色の靴下をはいて出席しなくてはならないという古くからのしきたりによる。
シーリアはすでに2度、緑の靴下をはかされており、今また末娘のフィリスの結婚が決まってしまった。
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3度目のグリーン・ストッキングスという屈辱を免れるために、彼女は架空の婚約者、ジョン・スミス大佐をでっちあげる。
突然の婚約の告白に驚いた一同から根掘り葉掘りの質問を浴びせられるシーリア。
才気煥発な彼女は作り話でどうにかかわし、婚約した直後に彼はアフリカに出征してしまったのでみんなに紹介することができなかったと説明する。
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妹たちは戦場にいる婚約者に手紙を書くようシーリアを促し、彼女はしぶしぶペンを執るが、出さずにしまい込む。
しかし偶然その手紙を見つけた妹が、軍人名簿でジョン・スミス大佐を探して内緒で手紙を送ってしまうのである。
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シーリアはシカゴから遊びに来ている叔母のチザムに婚約話はでっちあげだと打ち明ける。
そしてチザムがシカゴに帰る直前にタイムズ紙にジョン・スミス大佐の訃報を掲載させ、一緒に米国にわたるつもりだと告げる。
嘘八百を並べ立てて家族を欺いた挙句、あっけらかんと計画を披露する姪に驚きあきれるチザム。
しかし結局は協力すると決めたところで第一幕が終わる。
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第二幕は「ジョン・スミス大佐ソマリランドにて負傷により死亡」の記事が掲載されたタイムズ紙が届くところから始まる。
家族が気の毒そうにみまもるなか、訃報にショックを受けるふりをするシーリア。
その直後「ジョン・スミス大佐の親友ヴァヴァスール」という見知らぬ男性が彼女を訪ねてくる。
実は彼こそシーリアが書いた偽のラブレターを受け取った「ジョン・スミス大佐」であり、事情を確かめるためにアフリカから彼女に会いに来たのである。
ところがシーリアを訪ねようとしたその日の新聞に自分の訃報を見つけたため、親友ということにしたのである。
謎の男の出現に怯えるシーリア。
しかし皆の手前、話を合わせるほかなく、二人で食事をしようという彼の申し出にしぶしぶ応じる。
(写真裏)
グリーン・ストッキングス 第二幕
左から右
Miss Box, Mr. Mckenlay, Mr. Stiles, Mrs. Bateman, Mr. Gooch, Mr. Standage, Mrs. Maitland, Mr. Brady, Miss Cain, Mr. Guinness, Mr. Cameron, Phyliss*
*PhylissはMiss Boxが演じた末娘の役名なので、左端のMiss BoxとPhylissのどちらかが誤記と思われる。
出演者のなかで一人だけ名前が書かれていないMrs. Mckenlayを誤ってPhylissと記したか?
第三幕は二人の食事の場面。
ジョン・スミス大佐の思い出を語り合おうというヴァヴァスールの言葉にシーリアは当惑する。
(以下、抜粋)
ヴァ:私は軍人としての彼の姿しかし知りません。活動する男、すなわち戦士です。でもあなたは…
シ:でも、お話することなど何もないのです。
ヴァ:何もお話になりたくないと。
シ:ええ、何も…いったい何をお知りになりたいというのですか?
ヴァ:あなたが抱いている彼の面影と私のとを比べてみたいのです。
シ:まあ、そんなこと、無理です。
ヴァ:それならあなたの目から見てスミスがどんな人物だったかを教えてください。私が思っていたのと同じであればそう申し上げましょう。
シ:もちろん、あなたと私では違っているでしょう。誰のことにしろ、二人の人物が語ればそういうことになるものです。
ヴァ:そうでしょうね。でも明確な事実については別です。例えば目の特徴とか。
シ:目…彼の目は、明確というわけではありませんでした。
ヴァ:明確でない?
シ:つまり、色です。
変化するという意味で。感情によって明るく輝いたり、無関心でいるときはどんよりした感じになったりという具合で。そう、時に明るく、またときにとても、とても、暗い感じに。
ヴァ:それは不思議だ。
私は彼の目が暗くなるのを見たことがありません。いつも瓶のガラスのように明るい目でした。
シ:まあほんとうに?こういっては何ですが、あまり注意深くご覧になったことがなかったのではないかしら。
ヴァ:そうかもしれません。しかし彼の髪の色は?これについては意見が異なることは絶対にないでしょう?
シ:つまり、癖毛だったか、真っすぐだったかということかしら?
ヴァ:ええ、そして色も。
シ:ああ、彼の髪を言い表すのは難しいのです。
つまり、彼のような髪を、今までに見たことがなかったので…
ヴァ:(笑)ハゲの男性を見事に言い表されますな。スミスはいつも髪の毛のないことをひどく嘆いていました。彼の頭は禿げ上がり、おまけにでこぼこしていました。
シ:そう、そうでした。
ヴァ:なんと!そう、そうです。さて、彼の口ですが…
シ:ええ、彼の口は独特で…
ヴァ:独特?
シ:そう、笑うと口元が広がりましたでしょう。
ヴァ:ああ、あなたに微笑みかけたのですね。
シ:ええ、よく、よく微笑んでいました。
ヴァ:そう、私たちもよく笑いますね。彼の声はどうでした。
シ:それは、優しい声で、いつも優しくて。
ヴァ:(首を振って)しゃがれて、堂々とした声でした。
シ:そうかもしれません。でも、わたしには違いました。(テーブルに手を置いて)
ヴァ:(彼女の手に手を重ねて)違ったと?どんなふうに?
ヴァヴァスール、実はジョン・スミス大佐は次第にシーリアに好意を抱き、シーリアもこの謎の男を気味悪く思いながらも親しみを感じ始める。
しかし彼が例の手紙を持っていることを知ったことから彼こそがジョン・スミス大佐と気づき、散々からかわれたことに憤慨する。
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迎えの車が到着し、彼女はシカゴに旅立とうとする。
しかし「(あなたのような女性を)20年間待っていた」というスミスの言葉に気持ちを翻し、めでたしめでたしというところで幕となる。
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翌々日のジャパン・ガゼット紙は主役のシーリアを演じたベイトマン夫人、スミス大佐役のグーチ氏、シーリアの叔母「チゾム・ファラデー」役のW. E. メットランド夫人をはじめ、出演者全員が玄人はだしの出来栄えで、観客は腹の皮がよじれるほど笑ったと伝えた。
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なかでも出色だったのはシーリアの父親役を演じたG. G. ブラディ氏である。
アマチュア・ドラマティック・クラブが1900年に設立された時からの主要メンバーのひとりで、クラブの役員や会長を歴任し、アマチュア演劇人として横浜や東京の舞台で20年以上にわたり活躍してきた人物である。
1918年に英国からコンノート王子が来日した折には殿下を迎えて東京帝国劇場で上演された「キスメット」の舞台で主役を演じる栄誉に浴した。
今回の舞台でも彼が「なんてこった!」というお決まりの台詞を口にするたびに、客席いっぱいに笑いがはじけた。
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終幕後、主演男優を務めたグーチ氏に記念品贈呈が行われたと新聞は伝えている。
氏は長年にわたり、アマチュア・ドラマティック・クラブやユナイテッド・クラブの会長職をはじめ、横浜の様々な団体において主要な役割を果たしてきたが、英国で学生生活を送る息子と暮らすために夫人を伴って帰国の途に就くこととなったのである。
これまで果たしてきたクラブへの多大な貢献に感謝を表して、現会長であるソーン氏から銀製のティーセットが手渡された。
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ヨコハマ・アマチュア・ドラマティック・クラブにおけるグーチ氏最後の出演作であり、大成功を収めた「グリーン・ストッキングス」のキャスト及びスタッフは次の通り。
シーリア・ファラデー(ファラデー家の長女):E. Bateman夫人
チゾム・ファラデー(シーリアの叔母):W. E. Maitland夫人
ウィリアム・ファラデー(シーリアの父):G. G. Brady
マッジ・ロッキンガム(ファラデー家の二女):J. R. Mckenlay夫人
エヴリン・トレンチャード(ファラデー家の三女):Cain嬢
フィリス・ファラデー(ファラデー家の末娘):Box嬢
マーチン(ファラデー家の執事):L. B. Stiles氏
スミス大佐:W. E. Gooch氏
グライス提督:H. E. Standage氏
ターヴァー(フィリスの婚約者):Mckenlay氏
ジェームズ・ローリー:A. Cameron氏
ヘンリー・スティール:A. H. Guinness氏
舞台監督:C. H. Thorn氏
小道具・プロンプター:C. Bewley Bird氏
舞台装置:W. E. Maitland夫人、Newbould嬢
図版:
・The Japan Gazette, April 9, 1921
・写真及びその裏面(筆者蔵)
参考資料:
・The Kobe Weekly Chronicle, Nov. 21, 1901
・The Japan Advertiser, June 28, 1918
・The Japan Advertiser, April 7, 9, 12, 1921
・The Japan Advertiser, May 7, 1921
・The Japan Gazette, April 9, 11, 1921
・A. E. W. メイスン 富塚由美訳『薔薇荘にて』国書刊行会(1995)
・http://freeread.com.au/@rglibrary/AEWMason/Novels/GreenStockings.html(「グリーン・ストッキングス」戯曲)