加藤 淘綾(とうりょう)
1901(明治34)年3月3日、神奈川県大磯町生まれ。1987(昭和62)年(1987)5月1日死去。享年86歳
号の「淘綾」は大磯の古い地名「淘綾」(ゆるぎ)を音読みしたもの。
大磯在住の安田靫彦に師事。第8回〜35回院展に出品。
歌を始めたのは1920年ごろ、島木赤彦が選者の朝日歌壇に投稿。
その後アララギに入会。
島木赤彦主催の勉強会参加のため信州に訪ねた事を機に、信州の虜になる。
1928年斎藤茂吉に師事。
院展出品を止めて以降、50歳を過ぎて本格的に信州等の山登りをするようになる。
加藤 淘綾の生涯についてはこちらの本をご覧ください。
山岳歌人 加藤 淘綾-歌と旅の人生ー 山書研究50号
清水敏一/著 日本山書の会 2007年
加藤淘綾の著書
画文集
信濃画帖 白玉書房 1957年
山海画帖 白玉書房 1959年
定本信濃画帖 白玉書房 1968年 『信濃画帖』に50点加えて、100点を収録
歌集
霧苔 八雲書林 1942年
雪線 白玉書房 1962年
山岳頌 白玉書房 1979年
紀行随想集
旅帖 慶友社 1977年
旅帖 2集 慶友社 1981年