魔界の住人・川端康成  森本穫の部屋

森本穫の研究や評論・エッセイ・折々の感想などを発表してゆきます。川端康成、松本清張、宇野浩二、阿部知二、井伏鱒二。

近刊『魔界の住人 川端康成―その生涯と文学―』装幀(上下)

2014-08-14 01:57:56 | 自著の紹介
近刊『魔界の住人 川端康成―その生涯と文学―』装幀(上下)

皆さん、こんばんは。
 連載4年半、52ヶ月、本の作成(校正、加筆推敲など4回)に2年かかった拙著が、ついに刊行されることになりました。
 8月末か9月初旬です。
 上記の写真は、その外箱の装幀です。デザイナー盛川和洋氏の手になるものです。
 
 まず、上巻の写真に、ご注目ください。
 そう、最近話題になった、川端康成の初恋のひと、伊藤初代を中心に、三人がうつった写真ですね。
 ところは、岐阜市瀬古写真館、ときは、今を去ること93年、大正10年(1921年)10月9日のことです。
 右端の人物は、新聞では、カットされていることが多かったですね。ところが、この人物・三明永無(みあけ えいむ)こそ、川端の恋を応援し、婚約も、じつは、この三明が初代を説得して成立したものなのです。

 三明永無は、名前が表すように、仏門の出身です。島根県大田市温泉津(ゆのつ)の名刹(めいさつ)瑞泉寺に生まれました。浄土真宗の寺です。石見銀山の傍らにあり、その冨を象徴して、絢爛(けんらん)たる内陣が、今も残っています。
 三明永無は、杵築(きづき)中学(現、大社高校)を首席で卒業した秀才でした。
 一高の寮で同室になると、三明永無を先頭に、4人の仲間ができました。石濱金作、鈴木彦次郎と、この二人の、計4人です。
 一高3年のころから、彼ら4人は夕食後、散歩に出かけ、寮に近い本郷のカフェ・エランに通うようになりました。
 そこに、14歳の可憐な少女、伊藤初代が女給として、いたからです。
 彼女は、会津若松で生まれ、早くに母親をなくし、父親とも別れて親戚と一緒に上京した、貧しい少女でした。親戚から見捨てられた形になった初代を、お母さんのように世話したのは、偶然に出会った、山田ます、という女性でした。

 山田ますは、夫とともに、カフェ・エランを開きました。そして初代も、その店に出たのです。
 松井須磨子の全盛期でした。彼女が舞台で歌い、評判になった歌を、初代と3人の学生たちは、一緒に歌いました。でも、恥ずかしがり屋で、臆病な康成は歌えず、黙って聞いていました。

 しかし、彼らが一高を卒業し、東大に進んだころ、山田ます(そのころは、すでに夫と別れていました)の新しい恋によって、ますは、カフェを閉じ、新しい恋人と結婚するため、台湾に行きました。恋人が、台湾銀行に就職することが決まっていたからです。
 しかし、ますは、初代のことが心配で、自分の実の姉が岐阜の寺にとついでいることから、その住職夫妻の養女になるように、取り計らいました。
 このため、伊藤初代は、岐阜にいたのです。
 三明永無に誘われて、岐阜に途中下車した康成たちは、その西方寺という寺を訪ねました。そして初代は、康成にも、やさしい口をきいたのです。
 しかも初代は、あの、東京本郷で、学生たちの人気者であった日々を忘れかねていました。貧乏なお寺はいやだ、東京に帰りたい、と言いました。
 その言葉で、康成の恋が再燃したのです。ずっと、初代を好きでいて、でも、あきらめていたのでした。
 物心がついたとき、すでに両親が病死していた康成は、自分が〈孤児〉であることを自覚していました。
 そして、母親を早く亡くし、父親とも縁のうすい伊藤初代に、自分と似た境遇を感じ、それがいっそう、恋情をつよくかきたてたのでした。

 初代と結婚したい、と打ち明けた康成を、三明永無は応援する、と誓いました。
 そして実際、大正10年10月に、二人は夜行列車に乗って岐阜に行き、寺を訪れました。
 三明永無の巧みな話術で、初代を長良川沿いの宿に誘うことに成功しました。
 三明は、康成がいないところで、初代に、「お前にはお似合いの相手だ。結婚しろ」と説きました。
 かねてから、三明を兄のように慕っていた初代は、その言葉に従いました。

 康成から訊(たず)ねられた時、「もらっていただければ、幸せですわ」と初代は答えました。
 3人は、夜、宿の二階から、鵜(う)飼いの舟が下ってくるのを見ました。
 舟で燃やす、かがり火が、初代の顔を染めていました。
 「初代がこんなに美しいのは、今夜が初めてだ。彼女の人生にとっても、今がいちばん美しい時だ」と、康成は思いました。
 そのことを書いたのが、「篝火」(かがりび)という作品です。

 ああ、もう、こんな時間になってしまいました。下巻の写真については、また、明日、お話いたしましょう。
 では、みなさん、おやすみなさい。

拙著『魔界の住人川端康成―その生涯と文学―』の目次

2013-04-17 00:38:17 | 自著の紹介
 拙著の原稿を出版社(勉誠出版)にお送りしました。刊行は、秋以降になると思いますが、ご意見たまわれば、幸いです。
 なお、各節のサブタイトルは、煩雑なので削除するつもりですが、一応、内容を推測していただくために、入れておきます。
 読みにくい点は、ご寛恕ください。  森本 穫(おさむ)
 

第一章 死の影のもとに――〈魔界〉の淵源

 第一節 両親の死 宿命の影
 第二節 祖父三八郎の死 孤絶の意識
 第三節 文学の萌芽 一夜の京都漂遊
 第四節 少年の愛染 愛情に対する感謝         
 第五節 上京と伊豆への旅 漂泊の青春
 第六節 運命のひと 伊藤初代 カフェ・エラン
 第七節 「篝火」 喪われた物語

第二章 新感覚派の誕生――文壇への道
          
 第一節 第六次『新思潮』の発刊 菊池寛の恩顧
 第二節 「招魂祭一景」 視覚のあざやかさ
 第三節 『文藝時代』発刊と新感覚派の誕生 文壇への挑戦
 第四節 「伊豆の踊子」 〈孤児〉からの快癒
 第五節 掌の小説と『感情装飾』 「海」と「二十年」
第六節 「春景色」と「温泉宿」 伊豆への惜別
 第七節 「海の火祭」と「浅草紅団」 新聞連載の始まり

第三章 恋の墓標と〈美神〉の蘇生――自己確立へ
      
 第一節 「水晶幻想」 奇術師の嘆き
 第二節 「抒情歌」 愛の呪縛
 第三節 「禽獣」「末期の眼」「文学的自叙伝」 迎えた転換期
 第四節 「雪国」 愛のゆくえ
 第五節 「母の初恋」 〈美神〉の蘇生 
 第六節 「名人」 死と芸術
 第七節 「故園」と「天授の子」 新しい〈美神〉

第四章 戦時下の川端康成――自己変革の時代(一)

 第一節 「東海道」の連載 古典への没入
 第二節 「日本の母」 肉親を奪われた人たち
 第三節 「故園」と「英霊の遺文」 魂のゆらぎ
 第四節 源氏物語湖月抄 〈孤児〉の物語
 第五節 鹿屋特攻基地 死にゆく若者たち
 第六節 鎌倉文庫 文士の商法
 第七節 終戦と島木健作追悼 山里厭離の心

第五章 戦後の出発――自己変革の時代(二)

 第一節 「再会」と「生命の樹」 死者を胸に
 第二節 三島由紀夫の登場、武田麟太郎の死 真の理解者あらわる
 第三節 横光利一と菊池寛の死 恩人との別離
 第四節 「住吉」連作の発端 住吉の地
 第五節 源氏物語須磨の巻と「住吉」連作 漂泊流離の主題  
 第六節 昭和二十三年の川端康成(一) 生誕五十年
 第七節 昭和二十三年の川端康成(二) 生涯の涯、生涯の谷

第六章 「住吉」連作――〈魔界〉の門

 第一節 「反橋」と梁塵秘抄 仏はつねにいますれど           
 第二節 足利義尚、惟喬皇子、後三条天皇 悲劇を生きた人たち
 第三節 「反橋の頂上」 〈魔界〉への通路 
 第四節 貴種流離譚 折口信夫との出逢い  
第五節 「しぐれ」 二人で一人、一人で二人
 第六節「住吉」と住吉物語 流浪と再会
 第七節 「隅田川」 痛恨と断念

第七章 豊饒の季節――通奏低音〈魔界〉

 第一節 「山の音」 末期の夢
第二節 形代の美学 源氏物語の流れ
第三節 菊子と民子 発想の源泉
 第四節 「紅葉見」の巻 描かれなかった巻
 第五節 「千羽鶴」 夢魔の跳梁
 第六節 「幕」の意味するもの 「幕」と〈魔界〉
 第七節 「波千鳥」 贖罪と浄化

第八章 「みづうみ」への道――〈魔界〉の最深部 

第一節 「虹いくたび」 死に囲繞された百子
 第二節 「舞姫」 隔靴掻痒のリアリズム
 第三節「日も月も」 もう一つの京都
 第四節「川のある下町の話」 悲しい少女の物語
第五節 「みづうみ」 〈魔界〉の彷徨
 第六節 〈魔界〉の構造と〈美〉の由来 川端文学の極北
 第七節 「みづうみ」と「住吉」連作 相似する主人公
 
第九章 円熟と衰微――〈魔界〉の退潮 

 第一節 「東京の人」「ある人の生のなかに」 波乱に富んだ名作
 第二節 「眠れる美女」と中城ふみ子『乳房喪失』 凄絶な死
 第三節 生命への渇仰 「眠れる美女」の主題
 第四節 昭和三十年代の康成 円熟から衰微へ
 第五節 「美しさと哀しみと」 愛の罪と罰
 第六節 「古都」 京都と〈孤児〉の物語
 第七節 「古都」愛賞 圧倒的な支持

第十章 荒涼たる世界へ――〈魔界〉の終焉

 第一節 「片腕」 閉ざされた空間の物語
 第二節 同時期掌編群 境界のない世界
 第三節 「不死」 渇望の幻想
 第四節 「雪」 裸形の内面
 第五節 「たんぽぽ」 愛の相克
 第六節 謡曲『生田敦盛』、生田伝説、浮舟
 第七節 養女麻紗子の結婚と伊藤初代の死 一つの区切り

第十一章 自裁への道――〈魔界〉の果て

 第一節 〈非在の空間〉への回帰 康成の内面世界
 第二節 「地獄」「たまゆら」「自然」「無言」「離合」「弓浦市」 生と死の交流
 第三節 「美しい日本の私」と「美の存在と発見」 日本の〈美〉を語る
 第四節 「髪は長く」「竹の聲桃の花」「隅田川」 最晩年の願望
 第五節 死に魅入られた日々 足音が聞こえる
 第六節 昭和四十七年四月十六日 逗子マリーナ・マンション
 第八節 白鳥の歌 追悼川端康成

第十二章 五年後の「事故のてんまつ」

 第一節 『展望』の発売と反響 ノーベル賞作家の死の謎
 第二節 『読売新聞』の演じた役割 お手伝いの少女を前面に
 第三節 『週刊朝日』四月二十九日号 臼井吉見の抱負
 第四節 『週刊文春』五月五日号 徹底した取材と報告
 第五節 裁判のいきさつ 苦渋の選択
 第六節 「事故のてんまつ」の差別 差別を商う者
 第七節 研究史上における「事故のてんまつ」 文学的評価と位置づけ

エピローグ 三十五年後の『事故のてんまつ』――虚実と「縫子」をめぐる人びと

 第一節 発端 二〇一二年五月
 第二節 関係者たちへの取材 信州穂高へ
 第三節 作品「事故のてんまつ」の虚実 ゆがめられた真実
 第四節 「眠れる美女」「片腕」のモデル 恋の遍歴
 第五節 まぼろしの母 複雑な生い立ち
 第六節 過去からの遁走 「縫子」の半生
  第七節 最後の恋 〈美神〉喪失

『作家の肖像――宇野浩二・川端康成・阿部知二――』目次

2013-01-24 23:18:26 | 自著の紹介
森本穫『作家の肖像――宇野浩二・川端康成・阿部知二――』(林道舎 2005年1月31日) 目次


 宇野浩二における〈夢〉 ―― 「蔵の中」を中心に――
 事実と創作の間――「枯木のある風景」論
 宇野浩二――その出発から終焉まで――


 愛の呪縛――「抒情歌」の意味するもの――
 住吉物語から「住吉」へ
 京都と川端康成――「美しさと哀しみと」
 昭和三十年代の川端康成――「眠れる美女」を基軸として――
 閉ざされた空間――「片腕」論
 川端康成と神秘主義――内なる∧非在の空間∨をめぐって
 幻想の終焉――「雪」論


 阿部知二・最初期の文学活動――八高時代の「歌稿」168首を中心に――
 阿部知二における∧抒情∨と∧官能∨――「化生」を中心に――
 阿部知二とエドガー・アラン・ポオ――「冬の宿」「かげ」を中心に――
 焼け跡のルネッサンス――知二と戦後の姫路
 阿部知二――城のある街――

あとがき
 初出掲載誌一覧