野良猫本舗~十六夜桜~

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小説 薄桜鬼『夜半に泣く声 -総司-』(土方×沖田 随想録)

2011-05-23 | 薄桜鬼 小説

 

沖田さんに語りが中心になっています。互いを思うがゆえに、すれ違っていた、二人。

本編では、土方さん語りなので、なかなか、顔をださない、沖田さんの心情を少しだけでも、感じていただけたなら幸いです。

 

 

 

 


◆夜半に泣く声−総司−◆


むせかえる血の匂いに、ズンと押し寄せる渇望感が押し寄せる。

羅刹となった僕にとって、そこは地獄のような世界だった。

鳥羽伏見の戦いで、敗走を余儀なくされた新撰組は、大阪城をへて、将軍の撤退により、江戸へと進路を向ける。

その船上の一室に僕はいた。

隔離された場所にはあるものの、外から運び込まれる負傷した隊士たちの血の匂いが、海風に運ばれて、時折、部屋の空気を汚す。

銃弾を撃ち込まれた体から流れる自分の血の匂いもあいまって、意識をのっとろうとさまよう。

山南さんが作ったという羅刹の衝動を抑える薬、それでも抑え切れない衝動が時々喉を乾かした。


こんな形で江戸へ帰ることになるなんて、あの頃は想いもしてなかった。


土方さんは、これからの立て直しをはかるための連日の会議で忙しく動き回っているらしい。

たまに、夜遅く部屋に来ている気配がしたけれど、僕は寝た振りをして気付かないふりをした。

目を開けたら、その場に居座って看病してくれるだろうけど、それは、あの人の寝る時間を削ってしまう。

だから、気付かないふりをする。

時折、喉をかすめる咳を必死で押さえて我慢した。



いつもなら、そうしていればすぐに部屋をでていくのに、その日は全くでていこうとはしなかった。

床の横に腰をかけ、僕の顔をのぞき、長く、長く、見つめている。

心臓がけたたましく、鼓動をあげる。

早く、向こうへ・・。

願えば願うほど、心臓がきしむ。

布団の中にかくれ、ギュッと、自分の襟元をつかむ。

「総司」

土方さんの甘い声が耳元で名を呼んだ。

思わず反応してビクリと体を震わせる。

「総司、起きてやがるんだろう?」

あきれと、優しさがいりまじる、大好きな声が僕をおいつめる。


「毎日、毎日、タヌキ寝入りをしやがって、気付いてねぇと思ってるのか?」

ばれていた?

それでも僕は、眼をつぶる。土方さんに背を向けたまま、布団を握りしめて、耐えしのごうとする。

「総司」

生温かい息が、耳元をくすぐる。

顔が、すぐ近くにある。

さらに近づく、その吐息に、たまらず、声をあげて手で押しやると、土方さんの顔を見ながら後ずさる。

土方さんが少し、さびしそうな顔して、僕を見下ろす。

逃げられないように、両の手が、僕の両脇に根をおろし、僕の顔を見つめる。


だって、うつってしまったら、いけないから。

ロウガイは死の病、あまりそばにいるのもよくはなく、まして、唇をふれあうようなことをすると、危険度は高くなる。そう、松本先生がいっていた。

触れたい、もう一度、土方さんの唇の感覚が、今も焼きついて離れないほど、欲しくて、欲しくて。

血を求める、羅刹のそれと同じように、心が乾く。


困った顔で、土方さんは自分の体をおこし、少し離れた場所に座りなおした。

決してでてはいかない。

おもむろに話を始める。

「明日の朝には、港につくらしい。俺たちは、品川にある旗本専用の宿に身をよせることに決まったが、総司と、近藤さんは、敵襲にあってもいけねぇから、松本先生が用立て暮れる場所に入ってもらうことになった」

たんたんとしゃべるその声音が静かな船内に響く。

「そこで傷を治してから合流できるようにするから大人しくしていろよ。山崎をそっちにおいとくから・・・」

とそこまで言って、声が止まる。長い沈黙・・・。と、ギシっと木の鳴る音をたてて、土方さんが立ち上がる。

立ち去るのかと思ったが、再び、僕のいる床によって膝をつく。

覗き込むその瞳が、熱をおびてゆらゆらと光を反射する。

「土方さ・・・」

一度見てしまったら、射抜かれたように、眼がはなせなくなった。

さびしげに、疲れきった顔をして。

「少しだけでいいから、抱かせてくれねぇか?何もしねぇ、ただ、後ろから抱き締めているだけでいいから」

誰にも、弱さをみせない、鬼の副長。

どうにもならない今の状況で、日野からずっと一緒にいた、井上さんも淀千両松で命を落とした。

新選組の為に鬼になると決めたこの人は、涙ひとつみせず、動けるものを切りまわす。

人の前にあっては、非道なほどの決断をくだすこともあるが、今も昔もかわらず、土方歳三という、「人」である。


ずっと、我慢をしてきたのだろう。

泣きごとひとつはかずに、全部を背負う覚悟をこの人は持っている。

ただ、心が揺らぐのは、僕のことを思う時だけ。

僕にだけ見せる弱さ。人としての弱さ。

僕は、傷に響かないように、ゆっくりと体をおこして、手をのばす土方さんの腕の中に納まる。

互いに想いを押し殺し続けるのは、もう、限界に近かった。

大事そうに土方さんの腕が、僕の背中を抱きしめた。落とした顔が、僕の背中に触れる。

大きな手のひらが僕の身体を抱く。

余ることなく、そこに納まる感覚が、自分がいかに痩せたのかを物語る。

何もしない、その言葉の通り、土方さんはただ、僕の身体を抱きしめる。

僕はただ、その温もりに身をまかせ、闇の中を見つめる。

ときおり揺れるそのぬくもりから、嗚咽のもれる声が聞こえる気がした。

 




翌朝、港につくと、土方さんは、きびきびと隊士たちに支持をだす。

完全な、いつもの副長の顔に戻っていた。

あがる鬼の副長たる声に、隊士たちが、わらわらと、慌てふためく。

そんな図が妙におかしい。

こんなに切羽つまった状態なのに、何故か可笑しい。

あのたった、数時間の温もりが、こんなにも心を溶かす。

「ったく、総司、何笑ってやがるんだ」

別れ際、土方さんが僕のところにやってきた。

「だって、なんかおかしいですもん、昨日あれだけ泣いてたくせに」

「泣いてねぇ」

ちょっとだけ罰の悪そうな顔で、そっぽをむく。

実際、泣いてたのかどうかなんて見たわけじゃない。

土方さんの顔は、後ろにあって、僕はそれを見ていない。

部屋をでていく時の土方さんは、普通の顔をしていた。

「そうですか?」

首をかしげて聞く。

「そうだよ」

拗ねた声で、眼をそらす。


「副長、搬送準備、ととのいました」

島田さんが、向こうから声をあげる。

それに答えて、土方さんが手をふると、僕の方を向いて笑う。

ポンと手のひらを座っている僕の頭の上にのせ、くしゃくしゃと髪をかく。

僕はこれがすこぶる好きだ。

いつしか、僕は土方さんの背を越してしまったけど、こうしてよく、土方さんは僕の頭に手を乗せる。

小さい時はよく「ガキ扱いしないで下さい」と抗議したものだけど、そんな時でえ、本当はひどく、その手の感触が好きだった。

近藤さんもよく、僕の頭をなでたけど、こうして撫でるときの土方さんの表情は、誰にも見せない、僕だけの顔をするから。

「総司、大人しく、ちゃんと療養してこいよ」

「さぁ、どうでしょうか」

僕はおどけてそう言ってみせる。

「総司!!」

「あはは、大人しくして欲しかったら、たまには、ちゃんと様子見に来て下さいよ。でないと、山崎くんの胃に穴があくかもしれませんよ」

「お前なぁ」

仕方ねぇなと眉間にしわよせて土方さんが笑って僕の頭をこつく。

僕もまた笑いかえす。

熱で浮いてうまく笑えているのかわからないけど。

剣をふるうこと以外で、僕ができることを、ひとつだけ見つけた気がする。

僕は、あなたのそばにいる。

離れていても、いずれ、本当にあえなくなっても、あなたのそばに・・・。

 

 

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