老獪

ここ一週間はとても暖かく、上着のいらない日も度々あった。
でも、春の暖かさにウキウキするのは遠い過去の記憶で、花粉症に悩まされるようになってからは、この暖かさは恨めしいばかり。
薬漬けとマスク着用の日々にうんざりするのだ。
おまけに目もかゆくて、目薬を一日に数十回さしまくっている。
もう、まぶたは痙攣しっぱなし。ただでさえ小さい眼がショボショボで情けないったらありゃしない。

とまあ、愚痴はこの辺にしておいて。


待ちに待った週末は、今シーズン初の秋川水系出撃だ。
だが、すでに太公望の累々がわずかな駐車スペースに点々と車を停めている。
まだ暗いというのに、みんな真剣すぎるぞ！（って、自分もそうだけど…）

予定より上流に来てしまったが、仕方ない。
身支度をしている間にも、自分の横をすり抜けさらに上流をめざす釣り人の車が数台。
こんなんで今日は大丈夫だろうか？

昨年の台風で随分渓相が変わってしまっている。
美しかった苔も随分なくなってしまい、何だか殺伐とした様相だ。
ちょっとした深みからは、ちゃんとヤマメが出てくるが、ルアーへの追い込み方がへたくそで、バイトに至らない。
リトリーブの速度をぐっと遅くし、時々ポーズを入れると、ようやくルアーをひったくる感触がロッドに伝わった。

淡い体色、ちょっと剥げたウロコ、尾びれの形…これは放流物だね。
どうりでバイトがへたくそなわけだ。

このあとぱらぱらと放流物のヤマメが上がってきた。



みんな放流物のようだ。
釣れないよりはいいが、釣りたい魚ではない。

見切りをつけて、別の沢に移動した。
昨シーズン、人生初の尺イワナを上げた、あの沢だ。
また駐車スペースを探すのに苦労するかなぁ…と思っていたら、二つめの沢は全然釣り人の気配はない。
これはチャンスかも？


フックをギンギンに研いでから、身をかがめてキャスト。
何の確信もないが、一発でアタリが来そうな予感がした。

落ち込みの白泡にちょうどルアーが着水し、ティップを軽くあげてルアーに水をかませる。
そしてロッドを横に倒し、さらにティップを揺らしてリトリーブ１回、２回…

「どすん！」

思わず脊髄に電流が走る！

ウルトラライトのロッドがバットからひん曲がる。
ものすごく重い。
黄金色の魚体が、ぐりんぐりんぐりんとローリングを繰り返す。イワナだ。
ラインは2.5ポンドなので、無理をすれば一発でブレイクだ。
ドラグを弛めようとした瞬間、相手は抵抗をやめて、すーっと寄ってきた。
ん？なんで？
よく見ると、ラインが魚体にぐるぐるに絡みついている。激しいローリングのためだろう。
あっけなく勝負はついた。

最後のツメのネットイン。
だが、魚がでかくてネットのフレームが邪魔をする。
強引にすくった瞬間、ラインが切れた。
間一髪セーフ！


昨年釣ったのと同じタイプのイワナだ。
だが、サイズは昨年の比じゃない。
一目で分かる尺オーバー。
こんなときに限ってメジャーを持ってきていない。ショック…。
とりあえずロッドとならべて写真をとり、それを参考に後で測ることにしよう。
（家に帰ってロッドにメジャーを当てたら、ナント３８ｃｍ！うひゃー！）



老獪

そんな言葉が自然と頭に浮かんできた。
すべてを飲み込み押し流したあの台風の猛威をくぐり抜けてきた猛者だ。
その驚異的な体力と生き抜く知恵のＤＮＡを、後世に伝えて欲しい。