孟子はこの中でも、人の和が一番大事と言ったらしいけれど。
逆に人の和と、できれば地の理を押さえておけばどうにかなるし。
確実を期すならば天の時を待てばいい。
いづれその“時”は来るのだから・・・
自分は本当にやりたいと思って準備していると、かならずその“時”になると導いてくれる人が現われる。
変な言葉だが、「果報は寝てまて」というやつか。
逆に今どうにかしようとあがいても、どうにもならない時が多い気がする。(努力がたりないと言われれば、それまでだが;)
去年あたりから、バイクにその風が吹き始めた。
その風を逃すまいと、バイクを乗り換えて、ツナギを買った。
なんだか、今年も後半にかかったあたりから、今度は音楽の風が吹き始めた気がする。
くさらず人の和を大事にし、天の時を待てばかならずその時は来ると信じている。
みんなで大事にした、あの時が。
僕は信じている。
逆に人の和と、できれば地の理を押さえておけばどうにかなるし。
確実を期すならば天の時を待てばいい。
いづれその“時”は来るのだから・・・
自分は本当にやりたいと思って準備していると、かならずその“時”になると導いてくれる人が現われる。
変な言葉だが、「果報は寝てまて」というやつか。
逆に今どうにかしようとあがいても、どうにもならない時が多い気がする。(努力がたりないと言われれば、それまでだが;)
去年あたりから、バイクにその風が吹き始めた。
その風を逃すまいと、バイクを乗り換えて、ツナギを買った。
なんだか、今年も後半にかかったあたりから、今度は音楽の風が吹き始めた気がする。
くさらず人の和を大事にし、天の時を待てばかならずその時は来ると信じている。
みんなで大事にした、あの時が。
僕は信じている。
合わない時は全く合わないのにひょんな時にぴったり合うって事はよくある。
願えば叶うという言葉が好きでございます<唐突
運とも言います。
前ガミしかないのです。
後ろはツルッぱげ?w
願えば叶う。
願って、叶える。
この先は、ここで言ってもいいのか分かりませんが。
宗教を勉強していて分かったことが、ひとつあります。
人間が努力すればどうになかなるところと、努力してもどうにもならないところの区別がつき易くなるところです。
たとえば、健康であろうと思って、努力で健康であることも出来ますが、病気も死も決して避けられないのです。
などなど。
出来る限りの努力をして、あとは一緒に寝て待ちましょうかw
病気を経験している自分はそこで自分の力ではどうにもならない事があるって学んだ。
努力してもどうにもならない事を学びました。
でも努力はするしがんばる。
願えば叶うと果報は寝て待ては同じ事だと思うのです。
前者は意思表明。後者は行動した結果。
同じ事の表裏だと思うのです。
願うという意思を持ち行動する因に対して、叶うという結果がついてくる。
果報にしても寝て待つ前の因がある。
どちらも因果応報。
簡単に言うと飯を食べに本屋には行かないって事です。
嗚呼、朝からマジメな話(*´ω`)=3
さ、仕事に行ってこようw
そのとおりだと思います^^
では、いってらっしゃ~いw (^^ノシ