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浅野長矩と彼の忠臣たちが眠る墓所へ向かう参道には、瑶泉院が大事にしていた鉢植えの梅の木を墓守の尼(義士の妻女だったようです)に託し、尼がこの場所に植えたと言う「瑶池梅」という名の木があります。そしてその横には長矩が切腹のおり、介錯の血が飛び散ったと言われる「血染めの庭石」と「血染めの梅の木」が移し変えてあり、さらに「大石主税」が切腹した大名家の庭の梅ノ木もここに移してあります。
忠臣蔵と言えば桜の花のイメージが強いのですが、何故に梅の木に拘るのかと不思議にさえ思えました。そこでふと思い出したのが浅野長矩の生い立ちです。
彼は幼少から文武の道に励み18歳にして山鹿素行より兵学を学びました。書は肥後の北島雪山に学び、茶は石州流をたしなみ、和歌にも堪能であったといいます。絵画は狩野派に学んで、雅号は「梅谷」と称しました。「梅谷」と名乗ったことと瑶泉院が梅を大切に育てていたことには深い関係があるように思えます。恐らく浅野長矩は梅の花をこよなく愛していたのでしょう。
「桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿」という諺があります。桜は樹力があまり強くないので、枝を折ると幹までも駄目にしてしまいますが、梅は樹力が強く少々枝を切っても大丈夫ということなのです。梅は冬の厳しい風雪に耐え、雪の下から美しい花を咲かせます。さらに花が散った後に青い実を結びます。
武士の生き様は良く桜に例えられますが、本当は潔く散ることよりも、梅のように困難に耐えていつか花開き、実を結ぶ生き様の方が正しい生き方だと多くの武士達も思っていたのかもしれません。武門の家紋には梅の紋が多く見られます。幾多の苦難の道を耐えて加賀百万石を明治まで存続させた前田家の家紋も梅の花です。苦労人前田利家の精神が梅花紋と共に生きているといえましょう。
■辞世の意味するもの
浅野長矩も頭脳明晰であれば、自分の短所を充分に理解していたことでしょう。それゆえに彼は梅の木の生き方を自戒の象徴として、梅をこよなく愛し、雅号を「梅谷」と名乗ったのかもしれません。しかしながら悲劇は起こってしまいました。
辞世の句を詠む時、彼の胸中に去来したものは、吉良への恨みではなく梅の木の生き方を捨て、桜花を選んでしまった己への、自責と後悔の念であったと私は思えるのです。梅の木のように耐え忍び、無事役目を終わらせていたら、歴史にその名を残すことも無く、弟大学に家督を譲って隠居し、妻の阿久里と梅の花を愛でながら穏やかに一生を過ごしたのかもしれません。
死の直前、長矩の心眼に映った花は何であったのでしょうか。それは散りゆく桜花ではなく、彼の心情の如く清冽な、白い梅の花であったかもしれません。
300年の歳月の風雪に耐えて、泉岳寺の「瑶池梅」は今年も美しい花をつけていました。
Copyright:(C) 2006 Mr.photon
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