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日本のいまを考える#39 大東亜戦争の遠因を探る ~その3~ すたれた真の武士道



祝日は国旗を掲揚しましょう


★精神学協会「日本のいまを考える」から転載

『精神学協会』
http://www.godbrain.com/gb/letter/


■日本のいまを考える#39

●大東亜戦争の遠因を探る ~その3~ すたれた真の武士道

皇太子時代の昭和天皇が、スコットランドのブレア城で過ごされた後の送別会で、アソール公爵と領民とともに「蛍の光」(スコットランド民謡 「オールド・ラング・サイン」)を歌われた話を前回書きました。

この、「蛍の光」の日本語版歌詞、実は四番まであります。
先の大戦後、二番までしか教えないことになっていますが、領土問題により、何度か歌詞が変わったようです。

ちなみに、三番、四番の歌詞を含む全歌詞は以下。
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歌詞(日本語)
蛍の光、窓の雪、 書(ふみ)読む月日、重ねつつ、
いつしか年も、すぎの戸を、 あけてぞ今朝は、別れ行く。
止まるも行くも、限りとて、 互(かたみ)に思ふ、千万(ちよろづ)の、
心の端を、一言に、 幸(さき)くと許(ばか)り、歌ふなり。
筑紫(つくし)の極み、陸(みち)の奥、 海山遠く、隔つとも、
その真心は、隔て無く、 一つに尽くせ、国の為。
千島の奥も 沖縄も 八洲(やしま)の内の、護りなり、
至らん国に、勲(いさを)しく、 努めよ我が兄(せ)、恙(つつが)無く。

 http://www.worldfolksong.com/songbook/scotland/auld-lang-syne.html  

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「千島の奥も沖縄も、八州(やしま)のうちの守りなり」
この辺が特に、領土問題に絡んで、ざわつくところなのでしょう。
「蛍の光」も、同様に卒業ソングである「仰げば尊し」も、大好きな歌でした。

「仰げば尊し」では、「忘るるまぞなき」を、「忘るるまどなき」と聞いて、「なんだろ?」と思ったことも含めて良い思い出です。いまは、こうした楽曲も、あまり使われなくなっているといいます。

原因か結果かは別として、現代日本人にとって、触れる機会も習う機会も少ない文語や古語が、感覚的に遠くなり、わかりづらくなっているのは事実だと思います。



『側近日誌』や『昭和天皇独白録』などで拝見し触れる昭和天皇のお考えの中で、心に響くことはいくつもあります。
前回引用させていただいた聖談拝聴録原稿(木下メモ 『側近日誌』 木下道雄著より ) には、「なぜ、軍人が戦争癖に陥ったか」として
  真の武士道のすたれたこと
  政治家に対する信頼心が軍人になくなったこと

さらに、「国民の付和雷同性、なぜそうなったか」については、
  国民の教養の不足
  国民の宗教心の薄いこと

と記録されていました。

将来の日本について」のご考察もありました。
 一、日本人種に対する白人の尊敬心と信頼心とを高めること
   どうすればよいか
    イ) 日本人の教養を高め、限界を広くする
    ロ) 日本人の宗教心を刷新する
 二、軍備が撤廃された以上、是非とも国の底力を強靭にしておかねばならぬこと
   どうすればよいか
    イ) 義によりて律し力によりて貫く愛の教育
    ロ) 逞しき体躯の養成
 三、為政家に対する国民の信頼心を高めること
   どうすればよいか
    イ) 為政家自身の自覚
    ロ) 為政家たちに対する陛下の御工夫
とありました。 (『側近日誌』 木下道雄著 より)

木下侍従次長がお聞きになった天皇陛下ご自身のお話の要旨ですが、昭和天皇のお心の深さが垣間見られます。

教養を高め限界を広くする、という方向性は、戦後、どうなっているでしょうか?
残念ながら、知力、精神性ともに、低下しているように感じてしまいます。

私の世代ですでに、特攻の青年たちのような辞世は到底残せません。
若い世代からは、漢字が読めないから本を読むのは苦手だ、とか、難しいという声もよく耳にします。
いまの学校教育による弊害、問題は大きいと思います。

神話とともに、やまとことばや漢字、故事ことわざなどを含む母国語の学びこそが基本となり「人」を作るのです。

日本人は、ものを論理的に深く考える際にも、日本語を使います。
その日本語が十分身につかないうちに、外国語を入れていくと、豊かな日本語脳は育ちにくくなります。

戦後になって内容がごっそり入れ替えられた「公民」ではなく、日本人としての「修身」の学びをいまに置き換えることも重要です。偉人伝も、日本嫌いだったヘレンケラーとか、性格的に問題を抱えていた野口英世とかよりも先に、日本をリードしてきた本物の立派な日本人の生き方や考え方を学ぶほうが重要ではないでしょうか。

今では、二宮尊徳像も、学校の校庭に見かけなくなりました。
歩きながらの読書はいけない、ということらしいですが、枝葉末節にとらわれ意を酌まない昨今の風潮です。

その感覚だから、主役を演じたい子供たちの公平性を期すため、シンデレラが十人もいる芝居を学芸会で披露することが平気でできるのでしょう。なんだか未来は大変厳しい社会になりそうな感じがいたします。

台湾がこれほど親日的でいてくれるのはなぜなのか、台湾の人々の民族的資質の良さももちろんあるでしょうが、そこにかつて日本精神を正しく発揮し、尽力した諸先輩がいてくれたからでもあるのです。

台湾の方々には今も言い伝えられ学ばれていますが、日本では一部にしか知られていません。

トルコのエルトゥールル号遭難の話は取り上げられるようになってきていますが、ポーランドやインドが苦境にあったとき、日本人が誠実に支援をした実話などもそうです。
   『親日はかくして生まれた』
   岡田幹彦著 日本政策研究センター 歴史人物新書7 八百円+税 

昭和天皇は、軍備が撤廃されたこの国においては、ぜひとも国の底力を強靭にしておかねばならないと指摘されていますが、まず、「義によりて律し力によりて貫く愛の教育」という内容をあげられました。

江戸期にもっとも読まれた武家の少年教育の書に、貝原益軒の『和俗童子訓』があります。
益軒は『和俗童子訓』の主題を「義」と「愛」に置き、謹むことの重要性を説いていま
す。

このころの、教育の正しさといいますか、真の「人を育てる教育」に初心を見出し、そこに戻って出直すべきだと思います。

たとえ受験でよい学校に進学することが第一の目標となる教育現場であったとしても、少なくとも精神性を失くしてまで目標を追求するのではなく、両輪で育つことのできる環境を作らなければなりません。

少年教育に続いて「真の武士道とは何か」を知り、学ぶことも大切です。
武士の「 武 」という漢字は、「矛を止める」という二つの文字から成り立っています。
真の武士道には、「容易に刀を抜かぬこと」が、まず最初にあったはずです。

『葉隠(はがくれ)』の有名な言葉に、
  武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり
という言葉があります。この死ぬ事は、「世のため人のために」死ぬ事、を意味しています。

よく生きなかった者に、よい死がもたらされるはずもなく、生かされてあるいまこそが、いつでも正念場です。

よく生きる、ということの意義や自分なりの考えを見出すことができ、多岐に渡る視点を若いうちに身につけた者は幸いだと思います。

教育勅語の元となった「軍人勅諭」(正式には「陸海軍軍人ニ下シ給ヘル勅諭」)は、明治十五年一月、明治天皇が下した訓戒の勅語でした。

暗誦しやすく簡略にまとめたのが下記「聖訓五箇条」と呼ばれる項目です。
タイトルのみ列記しますと、
  一 軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。
  一 軍人は礼儀を正しくすべし。
  一 軍人は武勇を尊ぶべし。
  一 軍人は信義を重んずべし。
  一 軍人は質素を旨とすべし。

そして下記のように締めくくられています。

<原文>
右の五ヶ条は軍人たらんもの暫(しばし)も忽(ゆるがせ)にすへからす  さて之を行はんには一(ひとつ)の誠心(まごころ)こそ大切なれ  抑(そもそも)此(この)五ヶ条は我(わが)軍人の精神にして一(ひとつ)の誠心(まごころ)は又五ヶ条の精神なり  心誠ならされは如何なる嘉言(かげん・立派な教えの言葉)も善行も皆うはへの装飾(かざり)にて何の用にかは立つへき  心たに誠あれは何事も成るものそかし  況(ま)してや此五ヶ条は天地の公道(天地間の公明正大な道)人倫の常経(人の常に踏み行うべき道)なり  行ひ易く守り易し  汝等(なんじら)軍人能(よ)く朕か訓(をしへ)に遵(したが)ひて此道を守り行ひ 国に報ゆるの務(つとめ)を尽さは日本国の蒼生(そうせい・人民)挙(こぞ)りて之を悦ひなん  朕一人の懌(よろこび)のみならんや

<現代語訳>
右の五か条は軍人たらん者は、しばしもゆるがせにしてはならぬ。これを行うには誠の一心こそが大切である。この五か条はわが軍人の精神であって、誠の心一つは、また五か条の精神なのである。心に誠がなければ、いかに立派な言葉も、また善き行いも、みな上べの装飾で何の役に立とうか。誠があれば、何事も成しとげられるのだ。ましてこの五か条は、天地の大道であり人倫の常識である。行うにも容易、守るにも容易なことである。汝ら軍人はよく朕の教えに従い、この道を守り実行し、国に報いる義務を尽くせば、朕ひとりの喜びにあらず、日本国の民はこぞってこれを祝するであろう。 (翻訳:三島堂)

今回、衆議院選挙を通して、国民が見せられた現状は、政治家たちのお粗末な人間性、精神レベルの劣悪ぶりでした。

当選しなければただの人、という現実はたしかにありますし、当選してこそ有権者の声を届けることのできる代議士なわけですが、こんなにもご自分のことばかりを考えられても困るなぁ、というのが正直な感想でした。
これでは国民の信頼など、高まりようがありません。

こんな人たちが国会に巣食っていたのか・・・と愕然とする時間でした。
その陰で、当選してもらいたい志の綺麗な人が落選したりもしていますし、今回はギリギリのタイミングで、かつて革マル派などで学生運動に精を出していた人たちが多数滑り込んでいるようでもあります。

ほかに選択肢がないから自民党、ということも、結果に見る与党の強さの背景にはあったでしょう。

陛下のご工夫に頼らずとも、本来であれば、政治家自身の資質で尊敬に値する人を選びたいです。

人間ですから、誰一人百パーセントの完璧さなど、求めるべくもありません。
しかし、政治家ですから、多くの国民にとって、将来の、次世代の子供たちにとって、よい社会を作っていこうという気概と、真摯な態度、我の出過ぎない品性は、国民からの信頼度を高める上で最低限必要だと思います。

西郷隆盛の「西郷南洲遺訓」に出てくる言葉、「命も要らず、名も要らず、官位も金も要らぬ人は、始末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」という文言も素晴らしいですが、長岡藩の河井継之介(かわい つぎのすけ)も「人間というものは、棺桶の中に入れられて上から蓋をされ、くぎを打たれ、土の中へ埋められて、それからの心でなければ何の役にも立たぬ。」という名言を遺しています。

そういった私心のない大きな心で、政治に向き合う政治家があふれれば、日本も大きく変わっていくでしょう。


平成二十九年十月二十七日
阿部 幸子
協力 ツチダクミコ

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