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社説:一体改革審議入り――上手に死ねる社会にする(抜粋)
2012年5月13日(日)朝日新聞
http://www.asahi.com/paper/editorial20120513.html
人の最期を支える介護職たち。だが、一般的にいって、社会がその仕事を高く評価しているとは言い難い。約半分は非正規雇用。大量に採用され、短期間で大量にやめていく。月給は全産業平均より10万円安い。
労働相談にのるNPO「POSSE(ポッセ)」には介護労働者から「高齢者を虐待してしまいそうだ」という声がよく寄せられる。事情を聴けば、人手不足や長時間労働によるストレスが浮かび上がる。
彼らの給料の大半は、介護保険料と税とで賄われる。高齢者を含む私たちが負担増を受け入れなければ状況は改善しない。
高齢化が進むため、25年までに介護職を今より70万~100万人ほど増やす必要がある。介護以外でも、様々なニーズが発生する。
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POSSEには介護職からの相談が多く寄せられています。低賃金と長時間労働は当たり前です。悲惨なのは虐待が絡む相談で、労働者が使用者に対して被害者であると同時に利用者に対して加害者であるというケースも珍しくありません。
介護労働者の虐待問題は、つい先日も、和歌山地裁での裁判が報じられたばかりです。
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社長、起訴内容認める デイサービス利用者暴行
2011年5月11日(金)わかやま新報
http://www.wakayamashimpo.co.jp/2012/05/20120511_12753.html
紀の川市貴志川町の「デイサービスほたる」で、全盲で認知症の利用者男性の手をつねるなどしたとして暴行の罪に問われている施設運営会社「㈱絆」社長、松田崇被告(33)=岩出市波分=の初公判が10日、和歌山地裁(溝田泰之裁判長)であった。
松田被告はスーツ姿で出廷。逮捕時には一貫して容疑を否認していたが、公判では溝田裁判官に起訴事実に誤りはないかと問われ「間違いありません」と罪を認めた。
また、被告人質問で検察側から「被害者の顎ひげを毛抜きで抜き、痛がる様子や機嫌を悪くする姿を楽しんでいたのでは」と暴行以外の虐待も指摘されると、松田容疑者は「そうです」と認めた。
弁護側の質問では、この被害者が施設の扉を蹴って壊したり、包丁を振り回して暴れたり、松田被告の携帯電話を折ったりするなどの問題があったことが明かされた。
公判はこの日で結審し、検察側は懲役1年を求刑した。次回判決公判は24日に行われる。
●「犯行は常習的」元介護士に有罪
またこの日、同施設で別の利用者を殴ったとして暴行の罪に問われた紀の川市下鞆渕の元介護士、北浦一樹被告(26)に対する判決公判も和歌山地裁(西谷大吾裁判官)であり、西谷裁判官は北浦被告に懲役1年(執行猶予3年)を言い渡した。
西谷裁判官は「暴行は強くないが、高齢者には思わぬこともある。同僚が数多(あまた)の暴行を目撃するなど犯行は常習的だ」と厳しく指摘した一方で「上司らの行動に先導されていた」とし、施設運営にも問題があったと判決理由を述べた。
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介護労働に関しては、低賃金や長時間労働など業界全体の抱える労働問題が夙に指摘されてきました。しかし、その一方で、外部から見れば劣悪な働き方であるにもかかわらず、介護労働者が進んで受容している面も否定しえません。利用者によりよいサービスを提供しようとするあまりに時間外労働を自ら行なってしまう介護労働者。容易に想像がつくことでしょう。
こうした事態については、介護が「感情労働」の一つの典型例であることから、以下のように説明されています。(「感情労働」は、その研究の第一人者であるホックシールドによって「自分の感情を誘発したり抑圧したりしながら、相手のなかに適切な精神状態を作り出す」ものと定義されています。)
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感情労働に従事する者は一般的に、一方において労働者として、使用者に対する階級的関係と、他方において対人サービス提供者として、介護される者との介護関係によってつねに不安定なポジショニングを強いられるといえよう。
(渋谷望『魂の労働』pp.31-32)
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また、介護労働者が劣悪な条件に甘んじてしまう背景については、「やりがいの搾取」という形でも論じられてきました。これは労働の具体的な性質に着目した「感情労働」論とは異なり、どんな仕事にも通用する概念です。労働者が仕事に対して感じるやりがいのために、労働条件への関心が後景に退くという議論です。これも、少なくない介護労働者に当てはまりそうです。
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自分のしたことが相手を喜ばせて、感謝される。それはうれしいことだ。やりがいにもなりうる。また、経験を積めば積んだだけ、利用者(お客さん)の気持ちがわかるようになり、サービスの質も上がっていく。誰だってそうであろう。ここまでの話はファストフードの店員も同じだ。特に目新しいところではない。しかし、ケアワーカーたちの特異なところは、相手を喜ばせようとすればするほど、際限なくサービスがエスカレートする点にある。
(阿部真大『働きすぎる若者たち 「自分探し」の果てに』pp.37-38)
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しかし、「やりがいの搾取」には限界があります。介護現場の離職率がそれを物語っています。虐待となっては完全に「やりがいの搾取」は失効しているでしょう。介護労働を通じて働きがいや生きがいを感じる回路は、上記のデイサービスでは間違いなく絶たれていたはずです。
労働条件は介護される者との関係や介護という仕事に対するやりがいのために忘れ去られる場合が往々にしてありますが、それを放置してしまえば、介護される者との関係や介護という仕事に対するやりがいさえも失われてしまいます。結果として、介護労働者だけではなく利用者にとっても好ましくない環境が生まれかねません。
介護労働問題に制度論的に関われている領域はまだほとんどありませんが、まずは現場の労働者が抱えている困難について引き続き情報発信していきたいと思います。
(参考文献)
渋谷望[2003]『魂の労働――ネオリベラリズムの権力論』青土社
ちなみに、NPO法人としてではなく、言葉としてのポッセ(POSSE)も登場します。
阿部真大[2006]『働きすぎる若者たち 「自分探し」の果てに』生活人新書
NPO法人POSSE(ポッセ)事務局長・川村遼平
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NPO法人POSSE(ポッセ)は、社会人や学生のボランティアが集まり、年間400件以上の労働相談を受け、解決のアドバイスをしているNPO法人です。また、そうした相談 から見えてきた問題について、例年500人・3000人規模の調査を実施しています。こうした活動を通じて、若者自身が社会のあり方にコミットすることを 目指します。
なお、NPO法人POSSE(ポッセ)では、調査活動や労働相談、セミナーの企画・運営など、キャンペーンを共に推進していくボランティアスタッフを募集しています。自分の興 味に合わせて能力を発揮できます。また、東日本大震災における被災地支援・復興支援ボランティアも募集致します。今回の震災復興に関心を持ち、取り組んで くださる方のご応募をお待ちしています。少しでも興味のある方は、下記の連絡先までご一報下さい。
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