傍聴を聞いた際のメモから記憶を辿っていますので、記憶違いがあるかもしれません。その点はご了承ください。
1、事案の概要
簡単に事案の概要を紹介します。
原告は生まれつき股関節に障害があり、ふんばる力がないため移動が困難な方です。
2006年に夫を亡くし、生活保護の相談に行きますが、窓口の対応を受けて申請を諦めます。
同じ年の11月に支援団体に相談し、保護は受けられるだろうとアドバイスを受けて改めて申請を行い、保護が開始されます。
ところが、車の処分を再三にわたり指導され、2007年3月には「指示書」が送りつけられます。
保護を辞退するように言われ、それも拒否したところ、5月に指導指示違反を理由に保護を廃止されてしまいます。
その後は食べるに事欠く生活を続けていましたが、仕送りをしていた長男の収入が減るなどその生活にも限界が来てしまいます。
2009年4月に再度保護を申請しますが、保護廃止時と同じ状況であることを理由に却下されます。
そこで、小久保哲郎弁護士に相談し、府知事に審査請求書を提出するとともに3回目の申請にチャレンジします。
この申請が7月に認められ、ようやく原告は自動車を保有したまま生活保護を受けることができるようになります。
しかし、2回目の保護却下決定に対する審査請求の裁決がないことなどから、2010年1月に提訴に踏み切ります。
今回は13回目の証人尋問でした。
原告代理人の一人である喜田弁護士がまとめた裁判紹介も参考にどうぞ。
・喜田崇之「自動車保有で生活保護申請却下は違法と提訴」『関西合同法律事務所ニュース』No.116(PDFファイル)
http://www.kangou.gr.jp/hirakataseikatuhogosaiban.pdf
・喜田崇之「枚方自動車生活保護訴訟報告」『民主法律時報』2010年3月号
http://www.minpokyo.org/old/jihou/2010/1003.html#label
2、当時の生活保護課長S氏に対する反対尋問
傍聴をしてみていちばん疑問に感じたのは、「この人たちはどういう基準で廃止・却下・保護決定を判断していたのだろうか」ということでした。
「なぜこれまで却下していたのに再々申請では保護決定したのか?」ときく原告代理人に対し、保護課長は「通院回数が増えたから」、「家賃があがって急迫になったから」と二つの理由を挙げました。
この後の尋問は、主にこれら二つの理由について原告代理人が追及していくことになります。
a)通院回数について
何で移動が困難なのに通院しか数えないんだよ、と思ったのですが、もっと基本的な点を原告代理人がつっこみました。
「通院回数は増えていません」と。
その後のやり取りで見えてきたのですが、どうやら市の担当者は通院回数についてきちんと確認をすることを怠り、しかも病院に問い合わせれば自分たちで調べることもできたのにそれをしなかったということが明らかになりました。
また、今でこそ通院回数を重視していたからだと主張していますが、当時はそのような説明をすることもしていませんでした。
再々申請の際に担当した小久保弁護士のアドバイスを受け、原告は通院記録を全て添付して申請して、ようやく枚方市は本当の通院回数を確認したわけです。
「通院が増えた」という証言は、そのときの誤解を法廷の場においてなおひきずっていると示唆するものとなりました。
生活保護の申請を受けた行政は、客観的な記録に基づいて調査し、必要性の有無を判定しなければなりません。
代理人からの追及は、なぜ客観的な調査を怠ったのかという点に及びました。1円単位で全ての口座を調査した枚方市は、なぜ自分達が重要だと考えている通院回数について調査をしなかったのか、と。
それに対する保護課長の回答は、「自分から不利な情報を示すとは考えがたいので、素直に受け取ってしまった」というものでした。
そもそも「通院回数が多ければ有利になる」などという情報を原告が持っていなかったことは過程から明らかですが、それより何より「最後の砦」と言われる生活保護行政が、申請者を犯罪者のように扱っているという印象を強く受けました。
生活保護が「最後の砦」と言われるのは、他の制度で救えない人を餓死や行き倒れから守る「砦」だからであって、彼らから社会保障費を守る「砦」だからではありません。ソーシャルワークの発想からすれば、仮に悪意をもって保護の利用を企む人が来たとしても、そんなことをしないで生きられるよう、保護費を渡さないとしても金銭面以外の支援をするということになるでしょう。そこまで現在の生活保護制度に期待していませんが、枚方市のCW自身の目線が、生活保護制度からさえ逸脱する問題を引き起こしたのだということはよくわかりました。
反対尋問は「通院回数」の問題に戻ります。
原告代理人が指摘したのは、最初に生活保護を打ち切った時点の通院回数と、保護を決定した再々申請のときの通院回数には変化がないというものでした。
ここまで割と時間をかけて話してきたこともあって、「え、そうなの?」と驚きました。
通院回数関係ないじゃん、と。
そうなると再々申請のときの違いって弁護士がついたことぐらいしかなくなってしまうような…と思っていたら、「あまり当事(保護廃止時)のことは覚えていません」と言い切りました。
これで通院回数の議論は終わりです。
b)急迫性
二つ目の理由である「急迫性」については、陳述書には書かれていない点だということでした。
もしかしたら前回の尋問で、あるいは今回初めて出てきた論点なのかもしれません。
とにかくこの点についても詰めておかなければならなかったようで、尋問が始まりました。
原告は府営住宅に住んでいたので、4000円の家賃が7000円にあがっていたのですが、月の家賃が3000円あがると「急迫になる」とは何を以って言っているのか、というのが問題でした。
そこから保護課長の認識の低さが明らかになっていきます。
簡単に箇条書きで示します。
Q.急迫性の要件は何か?
A.ガス・水道などのライフラインが止まったかどうかで判断する。
Q.ライフラインが止まるのと家賃が3000円上がるのは同じ程度の「急迫性」か。
A.基本的には同じだと認識している。
Q.念頭に置かずに議論しているのか。
A.急迫になったと担当者から報告を受けている。
Q.生活保護の要件には要保護性とは別に急迫性という要件があるという見解でよいか。
A.はい。
本当はもっと質問がありましたが、受け答えとして成立していませんでした。
ですので、一応受け答えとしては成立しているこれらの問いも、混乱によるものかもしれません。とにかく酷いものでした。
特に最後の質問は、「AはA&Bですか」という質問なので、法律を知らずともおかしいとわかります。
(簡単に補足しておくと、急迫性は「急迫保護」の要件として出てくる話です。今回は「急迫保護」ではありません。)
こういう人たちに感覚的に保護にするかどうかを決められているのであれば、振り回される側にとってこんなに大変なことはないだろう、と思いました。
c)車の使い道
加えて問題になったのが、車の使い道です。
再々申請を経て車の保有が認められたのですが、枚方市はその使用を通院に限って認めるとしていました。
枚方市は後に、通院に付随する買い物を認めるという「譲歩」をします。
医療券をもらいに役所に行くのもダメかという原告代理人の問いに、保護課長は「ダメだろう」と答えました。
原告にとって外出に車が必要だということについては、保護課長は認識していると答えました。
だとすれば、車の使用制限が意味することは外出の抑制です。
保護課長はその後ずっと「介護サービスで賄える」と豪語していましたが、少し介護保険制度をかじっていればありえないことは容易にわかります。
この点に関しては、裁判長が最後に厳しく問い詰める形になりました。
あまり傍聴経験がないのですが、珍しい事態だったのではないかと思います。
Q.通院以外の用途に使っていけない理由は何ですか?
A.厚生労働省の通達に従っています。
Q.保有の認否と使用の認否はちがうのではないですか?
A.イコールだと思う。
Q.自分の保有する財産(注:車のこと)を最大限使用することが、原告に求められることではありませんか?
A.いや、イコールだと思う。
Q.介護保険制度を利用できない場合、自分の車を使わずに原告が外出する際には、移送費を支給するということですか?
A.介護サービスで大丈夫だと思う。
Q.介護サービスも利用できない場合はどうしますか?
A.利用できないときというのは思い当たらない。
Q.介護サービスの利用料は決まっていますが、それを超過する場合はどうするのですか?
A.それは介護で……。
Q.考えたこともないということですか?
A.……。
Q.本人が車を使った方が、タクシーを呼んだりするより安く済むのではないですか?
A.……。
やや肩入れがあるかもしれませんが、最後の方は保護課長が言葉に詰まったまま質問が重ねられ、もう質問しているのかたしなめているのか判別がつかないような状況になりました。
3、支援団体に対する尋問
その後、当初から原告を支援していた支援団体の事務局長の証人尋問も行われました。
証人によれば、市はずっと「車はダメ」の一点張りで、「重度の障害ではない」ことを主な理由に挙げていたそうです。
付随して、「障害者用に改造された車ではないこと」「維持費を親戚が援助していないこと」を理由として言われていただけで、再々申請の際に「通院回数が増えたので」保護を決定するといわれたときはとても驚いたそうです。
原告とともに自分も騙された、と当事の状況を語る彼女からは、自分の力不足に対する無念さも伝わってきました。
同時に、介護サービスで何とか車無しでも生活できないか、障害等級を重くできないかと、原告とともに追求してきた彼女の奮闘もよく伝わりました。
また、長年にわたり原告の生活を見つめてきた立場から、原告にとって車が移動手段以上の意味を持っていることを彼女は訴えました。
問題になっている車は、原告の長男が1998年にプレゼントしてくれたものだそうです。
移動に難のあった母親に車をプレゼントすることは、小さい頃からの夢だったそうです。
市の再三の処分指導に従わなかったのは、その車にはそういう価値があったからでした。
車があることで近所の人との人間関係も保つことができている、というエピソードもたくさん聞かれました。
そんな彼女から見て、原告は後ろめたさも感じているそうです。
「車に乗ったらわかるんやからな。みんな見てるからな」と職員に言われたことが、今も彼女をびくつかせているということでした。
だからこそ、車の使用をきちんと認めてほしい、というのが彼女の主張でした。
証人に対する反対尋問は形式的なものでしたが、一つ言及しておきたいのは、「車の保有が認められて明るくなった」と「今もびくついている」との「矛盾」をつくような質問を被告代理人がしてきたことです。
さすがに他に聞くことがなくて一応言ったのだろうと思っていますが、本気で「矛盾」だと思うのだとすれば誇らしいほど単純な人間観です。
4、おわりに
いまPOSSEに寄せられている生活保護の相談の多くは、彼女のように車や家のある人からのものです。
生活保護受給者に「真の貧困」を求めることへの抵抗が、この裁判の一つの肝だと感じました。
「真の貧困」要請のあまり、一時的な保護を利用しようと考えている人もまた、車を手放し、保険を解約し、家を手放すことで、生活保護からの離脱はますます難しくなります。
「ずっと生活保護を受けたくはない」という人を生活保護制度へ縛り付けるのが、現在の運用です。
結果、保護費は増すでしょう。
彼女の場合は「一時的な保護」とは異なりますが、彼女に対しても同様の要請が向けられています。
結果、裁判長がしつこく保護課長にきいたように、保護費が嵩むということが起きます。
保護費の多寡よりも人間の生死に関心を向けたい、というのが私個人の思いですが、「真の貧困」要請は、経済効率さえ度外視するレベルで起きています。
今回枚方市で問題になっていることは、その一つの現われでしょう。
実際に、京都府内で障害を抱えた女性から同様の事案が京都POSSEに寄せられています。
行政の担当者は「タクシー代を出すから車を処分しろ」と、この裁判と全く同じ対応です。
最近も繰り返されている「ぜいたく品」論争や扶助義務の問題をどのように克服していけばいいのか考えるよい機会となりました。
なお、この日は定員100名ほどの法廷から人が溢れました。京都POSSEからも6名が傍聴しました。
次回は9月28日13時半から、大阪地裁にて原告の証人尋問が行われます。
詳しい情報は裁判を支える会の世話人をやっている方がブログを持っているみたいですので、そちらを参考にしてください。
http://007taka.blog17.fc2.com/
今回の報告も早速アップされています(POSSEがパッセになっていますが…)。
資料も配布されますし、(私は中座しましたが)裁判後には報告集会で原告代理人からの解説もありますので、事前知識がなくても大丈夫です。
溢れても途中で交代して傍聴できますので、原告を応援する意味でも、多くの方の参加を期待します。
POSSE事務局長・川村遼平
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NPO法人POSSE(ポッセ)は、社会人や学生のボランティアが集まり、年間400件以上の労働相談を受け、解決のアドバイスをしているNPO法人です。また、そうした相談 から見えてきた問題について、例年500人・3000人規模の調査を実施しています。こうした活動を通じて、若者自身が社会のあり方にコミットすることを 目指します。
なお、NPO法人POSSE(ポッセ)では、調査活動や労働相談、セミナーの企画・運営など、キャンペーンを共に推進していくボランティアスタッフを募集しています。自分の興 味に合わせて能力を発揮できます。また、東日本大震災における被災地支援・復興支援ボランティアも募集致します。今回の震災復興に関心を持ち、取り組んで くださる方のご応募をお待ちしています。少しでも興味のある方は、下記の連絡先までご一報下さい。
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事務局長:川村 遼平(かわむら りょうへい)
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