少子高齢化社会がすすむ日本において、次々に社会福祉における課題が出てきている。ケアマネジャー(介護支援専門員)としての経験を持つ著者によって書かれた『介護 現場からの検証』は、介護を必要とする高齢者とその家族、そしてそれを支える介護労働者を取り巻く介護保険制度や労働条件の問題点を挙げて、今後の社会福祉の課題を考える素材を与えてくれている。
本書は、介護保険制度を利用する高齢者、その家族、介護労働者、労働組合、行政職員、政治家と多様な関係者から取ったインタビューをもとに、内容が構成されており、多様な人々から見た高齢者を取り巻く社会福祉制度に対する認識を知ることができる。
〈介護現場の実態〉
まず、本書では、日本の高齢者介護の実態が報告される。それは、自宅での親族による介護が大半を占めており、さらに介護保険制度自体も、親族等によるこの在宅介護ありきで制度設計がなされている、というものである。
老人ホームは入居者が近年増加し、入居しようにも場所がなく、入居希望者が列をなして待っているという。もちろん、民間の有料老人ホームに行けば、すぐに入れるところもあるが、入居金100~1000万円を払い、月々20万円前後+介護保険自己負担額1割(2~3万円)を支払う必要がある。この点、高齢者世帯の年収が、100万円未満(17.4%)、100~200万円(26%)、と200万円以下の割合が4割近い中、たとえ貯蓄があったとしても、有料老人ホームを多くの高齢者が利用するのは難しい。さらに、住み慣れた家を離れて暮らしていくという選択筋を選ぶ人も多いというわけではない。そうすると、在宅介護を受ける人が必然的に多くなる。
〈06年改正介護保険制度の問題点〉
更に、そうした状況に加えて、2006年の介護保険法改正に伴い、施設の入居費用や食費(低く見ても毎月3万円程)が自己負担になった。これまでは、介護給付から支払われていたこれらの費用を、「在宅介護を受けている人との公平さを保つ」という名目で削減したのだ。また、法改正後、要介護認定も大きく様変わりし、旧来の「要支援1」と「要介護1」が、それぞれ、要介護1~5(数字が上がる程、多くの介護を必要とする)から切り離され、新設の「要支援1・2」という区分にはめ込まれ、従来の介護給付ではなく、「新予防給付」を受けることになった。端的に言えば、「介護支援を受けるのではなく、介護を受ける人にならない為に、できるだけ人の助けを借りずに、自己責任でやってください」というグループが作られたということだ。この変更に伴い、多くの高齢者が実質的にこれまで受けて来たサービスの対象から外される結果となる。こうした、「介護予防」という視点は、他の認定介護者のケアプランを作成する時にも念頭に置かれることになっている。
また、改正介護保険制度は、地域密着型介護支援といって、「自立」を促すために、施設ではなく、在宅介護を推し進めることを求めている。しかし、高齢者の自己負担額を増やし、受けられるサービスを削っていく中で、まさに現在のような在宅介護の中で起きてくる、「介護疲れ」がもととなった「心中事件」が多くなるのではないだろうかと筆者は危惧している。
〈人材不足に悩む介護現場〉
こうした介護を受ける人たちの状況に加え、いま問題となっているのは高齢者介護に従事する「介護労働者」の問題である。これは、最近、非正規労働者の大量解雇の受け皿として、介護現場での需要が挙げられていることとも関係する。
介護現場での1年未満の離職率は、なんと約「4割」にも上る。なぜ、ここまで離職率が高いのか?実は、介護労働者平均年収はとても低く、ヘルパーで、200万円台、介護士(国家資格を持つ)が300万円前後、さらに多くの経験を積んで資格を得たケアマネージャーで400万円程である。その一方で、常に介護労働という肉体的にも精神的にも過酷な労働をこなしていかなければならない。
介護労働者が介護者へ暴力を振るった事件がニュースになることもあるが、こうした問題の背景には、介護労働者の置かれているひどい労働条件と、離職率の高い職場で一人ひとりの労働者の負担度がとても高い点があるのではないかとも指摘されている。本書の中にも、介護労働者の労働組合が登場し、介護現場での労働条件の向上の必要性を訴えている。
〈政策課題について〉
最後に、こうした高齢者介護をめぐる政策課題として、著者は、90年代からの規制緩和政策や競争原理の介護現場への導入に基づく政策を問題視している。「自立」という一種の自己責任原理の下で、国家による社会福祉が減り、民間企業の市場へと変化した。そうした現場では、介護体制が整わないうちに、多くの高齢者を受け入れざるをえず、介護そっちのけで金儲けに走る、人件費を削るために、正規を減らし、非常勤や外国人労働者を増やすといった施設が増加している。
現在進められている、介護労働者への転職支援なども、介護労働の労働市場の整備や、その土台となる予算配分などの論議とも密接に関わってくるものであり、総合的な論議が必要とされるだろう。
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