雑誌『世界』2008年10月号に掲載された、「働く若者たちの現実」「若者が生きられる社会のために」の二つの論文・提言がブックレットになりました。本記事では、このブックレットの紹介と政策的意義について考えてみたいと思います。
まず、POSSEの06・07年度アンケート調査にもとづいて、代表今野と本田由紀東大教授が共同執筆した「働く若者たちの現実」は、若者の働く職場に跋扈する違法状態とそれに対する若者の諦念の広がりをふまえ、それに対して労働法や労働組合が果たすべき役割を強調しています。また、定期昇給と賞与がない、これまでの正社員とは異なる「名ばかり」正社員を「周辺的正社員」としてカテゴリー化し、大きな割合で正社員からフルタイム非正社員への転換がなされていること、さらに雇用形態を問わず若者の職場全体に「使い捨て」が広がっていることを指摘しています。そして最後に、このように悪化した職場環境にもかかわらず、多くの若者が「やりがい」を感じているというデータから、「やりがい」の中身が正社員と非正社員の間で異なっていることに着目し、また、高賃金や昇給といった安定を得られない若者が、「やりがい」にしか自らの「救済」を見出せない境地に追い込まれていることを示唆しています。重要なのは、「やりがい」を職場環境における「違法状態」や「使い捨て」と同じ地平で捉えることなのです。
次に、労働社会学者やユニオン関係者らによって執筆された共同提言「若者が生きられる社会のために」を紹介します。金融危機による派遣切りやリストラが跋扈する雇用環境において、いままさに求められている政策が提起されています。目次は以下のとおりです。
①根底から変化した、若者を取り巻く環境
②依然として深刻な若者の就労状況
③若者雇用促進法の制定を
④急務の労働者派遣法抜本改正
⑤人間らしい生き方の実現を
⑥労働者保護法規を市民の常識に
⑦若者に、社会保障による生活の支えを
⑧若者の「住む」を保障する
①では、日本型雇用・年功賃金・企業内技能形成を前提としていた日本の社会保障・社会政策の仕組みが、増加する非正規雇用と「名ばかり」正規雇用の若者にたいして全く機能せず、若者の貧困化と過酷な働き方が蔓延していることを的確に指摘し、社会保障・社会政策の根本的・体系的な是正を主張しています。
また②では、新卒労働市場の回復が若者の就労環境の改善と全く関係がないことをふまえ、それは「企業横断型労働市場」が未整備だからだといいます。すなわち、日本型雇用の崩壊に伴い、日本型雇用における「企業内部労働市場」とは異なる「企業横断型労働市場」が大きな位置をもつようになったものの、その領域は安定した日本型雇用の陰で、低賃金、社会保障および職業教育訓練などが全く整備されてこなかったのです。特に現在では、無業・非正規の若者層の大半は企業による職業訓練を受ける機会が少なく、それを援助する公的な職業訓練制度も「企業内部労働市場」を前提としており、若年労働者に対して全く機能しないものとなっています。
③では、若者層の正規雇用比率を改善すべく、具体的な法律の制定を提起しています。注目すべきは、「職業能力開発促進法」の改正によって、公的な職業教育訓練の大幅な拡充と、「企業横断型労働市場」を整備するために各産業・職種ごとの職業訓練教育などに関する基準・ルールを策定するというものです。日本においては職業訓練が民間主導であるため、職業訓練自体が好ましいものではないと批判されがちですから、このように職業訓練を公的施策として抜本的に拡大するという主張は新しく極めて重要な論点です。
④では、まさに現在の製造業を中心とした派遣切りに対する緊急の施策として、包括的に労働者派遣法の問題点と改正のあり方を論じています。大まかに論点を列挙しますと、派遣労働の限定的許容、対象業務の限定(現行の「ネガティブリスト方式」を99年以前の「ポジティブリスト方式」に戻す)、登録派遣の禁止、日雇派遣の禁止、派遣先の責任強化などです。この問題に関しては、『POSSE』創刊号(http://npoposse.jp/magazine/no1.html)も参照していただければ幸いです。
⑤では、若者の貧困化を克服するために、日本の年功賃金からヨーロッパの賃金序列(最低賃金制+職種別賃金)への転換を主張しています。すなわち、個人の属性を基準に企業内で決定される賃金ではなく、職種・職務を基準に企業を超えて社会的に決定される賃金を導入することで、同一労働同一賃金の原則にもとづく非正社員と正社員の均等待遇を実現できるのです。さらに、低額で生活保護給付を下回るほどの最低賃金制度の改革、労働条件明示の強化、長時間労働の規制強化も重要な問題として挙げられています。
⑥では、これまで教養主義的な傾向が強かった学校教育において労働権利教育を充実させることが提起されています。
そして⑦では、これまでの論点をふまえ、具体的な社会保障改革として被用者社会保険の適用拡大と生活保護の適用対象拡大が挙げられています。
正社員を対象とする被用者社会保険を、非正規雇用・短時間労働者・失業者問わず誰でも加入できるものにし、これまで補足性原則(自助努力として資産や稼働能力の活用を求め、生活保護がそれを補完する)が過度に強調されてきた生活保護を若者が利用しやすいものに変えていくことが⑧で述べられている政府の住宅政策の拡充・改善とともに若者の経済的自立を支えていくものとして提起されています。
以上長くなりましたが、ブックレットでお求め安くなっていると同時に、最近の雇用情勢に対して喫緊の課題となっている画期的な政策がちりばめられていますので、ぜひご一読されてみてはいかがでしょうか。
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