あちらはいかがですか、たかちゃん?

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山のついでに

2021-10-15 06:03:00 | 日記

ずっと来てみたかった
プライベートドックランつきキャンプ場、
ここからみた朝の風景

山に行くのに天気予報を見ながら、
ここの空きを見ていて、ネット予約。
ここにはドックラン併設のシャワーと炊事ばとトイレがあり、
みんな新しくて清潔。

ドックラン内にクルマを停めて
スーバーで買ってきたお惣菜で食事。
食事はショボいです。

お隣は本格的に焚き火をしてバーベキューだけど、、



ここに来る前に、
シャワーはいやなので、温泉に



1300年以上前からある
源泉かけ流しの乳白色の湯
500円

でも、シャンプーもボディーソープもなくて、
シャンプーは持っていったけど、、
隣のお姉さまに
「初めて来たので、石鹸を持ってなくて、
もらえますか?」
快くいただけて、良かった。
図々しいおばばならではのことです。

古いけれど、露天もあり、
お湯は最高に良かった。
隠れた人気なのか、次々に来られてました。

小鹿の湯

上の写真は
本格的キャンプをしているご夫婦。

ここの管理人オーナーと話をすると、
なんと私の住まいの隣駅にいたそうで。

私のように女一人とワンコは多いとのこと。
ワンコなしで一人だけの人も。

ここは、
プライベートトイレがあって、
肝試しのようなよるのトイレ事情がなくて
安心。


こんな旅をしているときが
幸せ。
たかちゃんが居なくても、
なんとかシェルポ君とやってますよ。
ほんとは一緒に旅する予定だったけどね。

今から、お湯を沸かしてコーヒーします。

那須岳、雲海

2021-10-14 12:48:00 | 日記
昨日の夜10時に家を出て、
那須に向かった。
道路は大型搬送車ばかり。

那須の道の駅に着いて
車の中で、寝袋にワンコと一緒にくるまって、
朝の5時半に目を覚ます。
睡眠時間4時間。

朝食と言っても、
コンビニおにぎりとゆで卵に、のむヨーグルト。
ワンコを散歩させて、身支度して
那須岳に向かう。

途中に恋人の聖地という、見晴らし台に行くと

「おおー、スバラシイ雲海」






これから登る那須岳も
天気に恵まれて良かった。
昨日の夕方の天気予報をみて出発を決めた。



セブンイレブンでお弁当を買ってリュックに。

ワンコとの山登りは、
基本ロープウェイで、
ある程度まで行き、後は頂上まで歩く。
頂上まで一時間ほど。






那須岳は那須連山の呼称で、本当は茶臼岳(ちゃうすだけ)のことを言うそうだ。










晴れわたった景色に、
心和む、ひととき。
今年の紅葉はいまいちらしい。
駐車場から見えるところが一番紅葉が綺麗。


私の登山は、
体力がないから、
後ろから来た同年齢の女性に、
道を譲り、
またお会いして、
今度は山の経験談となった。
近くの町に住む、
週一回はここに来ているとのこと。

ちょうど良い休憩になった。


なぜだか、
ブログで北海道のことが書けないでいる。
トラウマがあるわけではないけれど。

また夢に来てね、たかちゃん

2021-10-13 06:00:00 | 日記
ついさっき、
たかちゃんの夢をみた。
早朝5時前。


私とたかちゃんと息子で、
団体旅行で電車に乗っている。
もうすぐ私の生まれ故郷の海が見える。

海が見えると一斉に駅で降りて、
大きなホテルに向かうのだが、(実際にはない)
たかちゃんと息子は
団体から離れて、
海の側の原っぱにそれて、なんだか遊んでいる。
後でついてくる様子。

私は、団体の列の最後部について、
後ろを振り返りながら
まだ来ない、全くしょうがないなと思っている。
もうすぐ左右の道に別れる交差点だから
前の人に
「後で行きますね」
と話して、大きな声で


「おとうさーん」
「おとうさーん」


と2回呼んだ。(息子がいるときはお父さんと呼んでいた)

おとうさんと呼べるのっていいな

とかみしめて思っていたところ、
息子とたかちゃんが現れて、
ホテルの途中のトイレに別れて入ったところで
目覚めた。

夢か、、

たかちゃんが亡くなって4、5年だったら
目覚めて、涙がボロボロだったろうに


懐かしいたかちゃん。


そういえば、
たかちゃんと私と息子で、
娘か就職したばかりの時。
自転車メーカーに勤めた娘は
販売店の仕事もわからなくてはいけないと
2ヶ月間の販売店勤務のとき
3人で授業参観のように見に行った。

見に行くだけだと思っていたら、
たかちゃんが
「娘がお世話になっています。」
と挨拶に行ってしまった。
あーあ、後で娘に叱られるかも、、
と思いつつ私と息子も
お店に入ったっけ。

あの頃は
幸せだったな、、、


たかちゃん、
また夢に来てね。

こうやって、昔だけを懐かしんで
年老いていくのかな、、、
あのまま、ずっと永遠に目覚めないで、夢の中にいたかったな、、

今日のこのブログの入力を終えたら、
涙がでてきた。





札幌移住から今までの人間関係

2021-10-12 06:00:06 | 日記
札幌に行って、
友人を作ろうとか、
知人をたくさん作ろうという気は、なかった。
仕事で知り合った人で、
気の合った人だけは、未だに連絡がある。

札幌に行ってからの
関東での人間関係は、
相手から連絡がない限り、連絡はしなかった。
これによって、冷たいとかどうしてなの?とか
あったようだ。

毎日のように仕事のことで
携帯に連絡をしてくる息子から、
言われた。

(人間関係を)何でも切るんだな。

息子は、
私が付き合ってきた仕事関係や
何十年来の知人、友人から、
それらしいことを言われたようだ。

息子も私に切られたと思っていたのだろう。
批判的な口調だった。



以前、交友があって連絡をしてくる人には、
それには応じたが、

何となく
元気?と聞かれても、
さも元気そうに演じなければならないような
要求に面倒がっていた。



関東に戻ってからは、
以前、交友のあった人から
久しぶりに会おうと連絡があったが、
会ったのは極わずかで
それも一度きりでということにしてしまった節がある。



でも、こんな状態でも、
関係なく
延々と連絡してきた人とは、今でも繋がっている。
もう、これくらいで十分なのかもしれない。



一人暮らし(わんこはいるが)で、
寂しいのは寂しいが、
札幌での
本当に一人と向き合って、
慣れたのかもしれないし、
どうせ、理解してもらえないだろう、
理解してもらうのも面倒というのが
本音かもしれない。

今もそんな気持ちが、精神的不安定な時にある。
面倒な人間になってしまった。
言葉のとりかたも、斜めにとったり、
面倒がったり。


まわりの人たちは、
私が出かけていると、
立ち直った人と思っているが

ただ居たたまれなくて飛び出すときもあるし、
行きたいだけで出かけるときもある。
行っているときは、それに夢中だから何も考えない。

でも、
承認欲求はあるから、
こうして、不特定多数の人や同じような境遇の人に対して、
ブログを書いているのだと思う。

この精神の波で
きっと迷惑を受けた人もいるだろうし、
がっかりした人もいるだろう。

息子や娘もそうであるに違いない。
だから、今は、私への期待などまるでない。
そう、それでいい。



今でも、どこかへ行ってしまいたい、
札幌に行ったように、
人知れずのところへ行きたいという気持ちが
むくむく芽をだす。
逃避なのだと思う。
困ったものだ、、


若くはないし、
関東に戻ってから、
義理的に関わらなくてはいけない人もいる。
いつもそう思って、
飛び出したい欲求を抑えている。


いつの間にやら、
根なし草のようになってしまった


ただ、
こんな私でも
辛抱強く関わって、繋がってくれた人には感謝してる。

感謝できるだけでも、進歩かもしれない。

それくらい、長い間、
飼い主のいなくなった犬のように
頑なに、飼い主を待って(待っても来ないのに)
外の世界をチラチラ見ているだけの
生活だったようだ。

ちなみに
うちのワンコは
たかちゃんを未だに探している。

私は、
人間としては、
人の言ってることなど耳を傾けず、
頑固で腐り続けている人間だと思う。

回想:札幌での初めての仕事 1

2021-10-11 06:00:00 | 日記
(札幌の円山からの続き)
今から5年前、たかちゃんが亡くなって1年8ヶ月目


札幌に移住前に、
電話で問い合わせていた仕事、
市の老人福祉センターは無くなった。

引っ越しが済み、
札幌市内の買い物や名所や山を歩いているうちに
ギリギリ生活できて、
あとは好きなように山に行ったり
旅をしよう。


なぜか、
たかちゃんが亡くなってから
自分が長生きするとは、とても思えず
死ぬ前に、したいことをしようと
思うようになっていた。

札幌に来る前に、
健康診断で胆嚢に小さな腫瘍、
1センチになったら胆嚢を取らなければならないと言われていた。
腫瘍は0.6センチだった。

甲状腺にも5センチになる良性腫瘍があり
悪性になってないか経過をみたほうがいいと
言われていた。
治療は何もなかった。



週4日のデイサービスの看護師としての
仕事の求人があり、見学に行った。

場所は北海道大学近くの、
広々としたデイサービスだった。
ここで同じく看護師として見学に来ていた人がいた。

見学後、この方から
「時間があるならお茶しない?」
と言われて、ハンバーガー屋でお茶をした。

この方は
私より5才年上の、とても綺麗な顔立ちの人だった。

今でも連絡をくれるMさん。
初対面なのに、
夫と別居中で、
一人息子さんは引きこもりということまで、
アッケラカンと話をされていた。

私は、
見学してすぐに、ここでいいかと思い、
管理者に履歴書を置いてきた。

住まいより近いし、
雪が降っても電車で2駅、
時給もまあまあかと思ったので。

ちなみに、
札幌は関東から比べると地方なので、
給与や時給は2~3割は低い。
その代わり、地方なので賃貸の金額は安い。
ワンルームで1万円台があったのには、
驚いた。


ここのデイサービスの管理者は、
テキパキして何より感じがよい、
仕事への責任感が感じられ、
いろいろな資格を取ったりと向上心に溢れていた。

そのことをMさんと話した。
Mさんは、
よい仕事があったらいいかな程度だったので、
ここに私が履歴書を出したなら、
私は、出さない、と言って、
電話番号を交換して別れた。


数日後、
デイサービスのパートの仕事が決まった。



新しい環境に抵抗もなく、

この頃は、
春で木々が芽吹いて、
花が多い札幌の町並みに、心惹かれていた。
並木の木の根元には、近くに住む人が、
花を植えている、
それが当たり前のようにされていた。

住まいの近くには
知事公館という、
昔の知事の宿舎であり、
国の有形文化財として解放されていた。
公園があり、大きな木々に小川が流れ
芝生が敷き詰められた
イングリッシュガーデンのような
佇まいに
ワンコとよく散歩に出かけた。
エゾリスがここにたくさん住んでいた。

大通り公園とは、
かなり規模が小さいが
ミニ大通り公園も
ワンコの散歩道となった。
サクランボ、栗、くるみの木があり、
季節ごとに拾いに行っていた。

自転車の前かごに
ワンコを乗せて、
北海道大学にも行った。
広大なキャンパスで、原生林が残る敷地もあり
牧場の牛や羊に
ワンコは興奮していた。
狩猟犬の血が騒ぐのか、、


もう一つ、札幌の近くには
藻岩山(もいわやま)という531mの山があり、
この山は日々のトレッキングとして
また、札幌の町並みを見渡せる
好きな山になっていた。
ロープウェイとケーブルカーで行くこともできる。
体調によって、登りだけで
帰りはこれを使うということもできる。
登りに2時間、帰りに1時間ほど半コースであった。



たかちゃんのことは
1日足りとも
忘れることはなかったが、
移住した当初は
ひどく落ち込むことはなかったように
覚えている。

今思えば、
何かと忙しく
毎日毎日が
新しいことばかりだったからだと思う。



自然や好きな環境が、
きぶんの低下するのを防いでくれたのかもしれない。
でも、それほど長くは続かなかった。
精神的波は、
ジェットコースターのように
上がったり下がったりだった



息子からの電話は
毎日のように続いた。

関東にいた時には、
息子は、私の話なんか、まるっきり聞いてなかった。
遠く北海道に来て、
仕事でわからないことがある度に
携帯が鳴った。
2冊にまとめたノートを読めば
わかるでしょうにと、
何度も言っていた。





写真は藻岩山(もいわやま)に生息する花
エゾエンゴサク、春に咲く大好きになった花
春、藻岩山に登ると、道の両脇に咲く様は
何とも言えない、優しい気持ちになった。