オイラの忘備録 またの名を「肥溜め」

とりあえず、またはじめてみた。

忘備録 「蔦井與三吉」について(4)

2012年09月19日 21時33分29秒 | フェリー ネタ (ひ) 
蔦井與三吉の履歴 蔦井與三吉 明治22年2月10日生 本籍地 北海道札幌市中央区南4条西21丁目331番地 現住所 北海道札幌市中央区南4条西21丁目331番地 学 歴 明治42年10月 早稲田実業学校中退 職 歴 大正2年11月  赤平駅開通と同時に小運送業を開始、精米、雑穀、雑貨、食料品、石炭、石油、木材の卸、小売業並びに新聞売店を営む(昭和2年本店を滝川市に移転し、引き続き前 . . . 本文を読む

忘備録 「蔦井與三吉」について(3)

2012年09月19日 21時31分49秒 | フェリー ネタ (ひ) 
運送事業へ収斂していった事情  東日本フェリー株式会社の創立者である蔦井與三吉。その誕生から成人するまでの軌跡を、一通り明らかにしてきた。  彼の人生は赤平における加賀団体の農業開拓に始まったと言えるが、のち新聞、雑貨などいくつかの経験を重ね、最後には運送事業に特化していく。そこにはどんな事情が隠されていたのだろうか。  蔦井與三吉に、時代を見通す天性の才能があったことは、「赤平八十年史」の . . . 本文を読む

忘備録 「蔦井與三吉」について(2)

2012年09月19日 21時21分35秒 | フェリー ネタ (ひ) 
日本古代史の回顧  あらかじめ日本海航路の歴史を、簡単に振り返っておきたい。  いま仮説的に知られている航路の発祥は、紀元前500年頃にさかのぼる。青森県十三湊に建国された古代王国アラハバキは、その後数百年にわたって朝鮮半島からカムチャツカまで交易圏を開拓し、このアラハバキと日本列島の覇権をかけて争ったヤマト一族も、南から海をわたってやってきた。 ついで海の歴史に登場するのは、やはり青森 . . . 本文を読む