……と言っても、かなり『ハチクロ』からかけ離れてるし、総司が言わなそうなこと言っちゃってるけど……それでもよかったら読んでください。
6畳プラス台所3畳。風呂無し、高校まで徒歩10分。築28年、家賃3万4千円。
朝日が眩しい東向き。
僕は今日、ここを出て行く。
まぁ僕にしてはよく辛抱したと思う。薄桜高校の剣道部に入りたいが為に親元を離れ、こんな狭くて汚いアパートで一人暮らしして。
真下には朝から晩までうるさい新八先生がいて、隣には荒木と喧嘩したと泣いて駆け込んでくる平助がいて、その隣には知弘がいて・・・週末には剣道部のメンバーが良く集まってくるアパート。一人になりたい時にはうっとおしいと思っていた喧騒も、今では懐かしい。
「えーと、不動産屋に鍵を返して、大学の就職課に寄って、田舎の皆にお土産買って・・・。」
荷物を持ち、駅に向かう川辺りの道で、今からやることをかんがえていたら、向かいの道を彼女が通った。
「・・・・・・千鶴ちゃん。」
通いなれた、あのいつものスーパーの袋を持っている。
いつものように買い物をし、家に戻り、お昼を食べ、また裁縫道具を広げ、しなくてもいい剣道部の繕い物をし、この街で、彼女の日常はつづいてゆく。
さよならは、卒業式の日にすませたから。もう、話し掛けるべきではないと思った。
「声を掛けちゃダメだ。」
だから、ただ黙って見ていた。
「きっと今、話しかけたら、言わなくていい言葉を言ってしまう・・・・・・君を、困らせてしまう。」
---見慣れた川辺りの風景と、君と、全部が春の陽にひたされて---
「そんな別れかたをしたら、多分・・・・・・もう、本当に。」
---ピンで留めた懐かしい写真みたいに---
「二度と、会えなくなるから・・・・・・だから。」
---ただ、ただ、美しかった---
「だから・・・・・・。」
新幹線はがらがらだった。平日だからだろう。
「ま、いいか・・・静かなのも。」
そしてあのアパートのことを思い出した。
「少し寂しいけど。」
独り言を言いながらシートに座ると、色んなことが思い出された。
荒木が平助を迎えに来る騒がしい足音で目が覚めること。それから知弘と一緒に登校したこと。校門で毎回、一君と勝岡先輩に呼び止められること。
新八先生の飼っている犬のトシゾウがうるさくてアパートの床を殴ったこと。
部室でみんなでワイワイ騒いだこと。
この静けさの中だから、余計にあの日々の喧騒が懐かしく感じる。
でも、もう終わっちゃったんだな。
あの娘のことも・・・。
卒業式の日、僕は千鶴ちゃんに告白した。
千鶴ちゃんは、僕に頭を下げて
「ごめんなさい。」
と言った。千鶴ちゃんは知弘と付き合っていたんだ。
「謝ることないのに・・・・・・君はいつも謝ってばかりだよね。」
また君を困らせる言葉が口をついて出る。
「いつも謝ってばっかりで、いつも必死で誰かの役に立とうとしてて、いつも誰も見ていないところで努力してて・・・・・・だれも見てなんかないのにね。」
彼女を攻める気なんか無いのに、意地悪なことを言ってしまう。
「・・・・・・でも、知弘は見てたんだね、君の事。」
初めて自分の思っていることを素直に口に出来たと思って自分でも少し驚いた。
「幸せにね。」
君はきっと、これからも自分のことより誰かの為にせっせと働くんだろうね。そしてたまにドジをして、誰も困っちゃいないのに、目に涙を浮かべて必死で謝って・・・・・・そして、知弘に慰めてもらうんだろうね。
いま思い返してもいつもそうだったもんね、千鶴ちゃん。
「沖田先輩・・・・・・ありがとう。」
すいませんではなく、ありがとう。
僕をふるなんて、きっと君が初めてで最後なんじゃないかな?
まぁ、後悔しないように幸せになってね。絶対に。
僕らしくもなくセンチメンタルな気分に浸っていた時だった。
ホームに、今、頭の中で「ありがとう」と言った彼女の姿があった。
僕は新幹線の入り口まで走った。
「千鶴ちゃん!」
彼女は僕の声に振り返る。
「沖田先輩!」
僕に駆け寄る千鶴ちゃん。
プルルルルルル・・・・・・
「沖田先輩!コレを・・・・・・」
鳴り響くベルの中、千鶴ちゃんが僕に花柄のハンカチで包まれた箱を渡した。
プルルルルルル・・・・・・
これで、最後だ。
僕は彼女を抱きしめた。
ドアが閉まる。
ガラス越しに、彼女はもう一度
「ありがとう。」
と言った。
すいませんではなく、ありがとう。
新幹線は発車し、千鶴ちゃんが少しづつ小さくなっていく。
彼女は、見えなくなるまで手を振っていた。
彼女が見えなくなってから、席に戻り、僕は彼女に手渡された包みを開けた。
予想通り、ハンカチの中は弁当箱だった。蓋を開けてみた。
「・・・・・・おにぎり?」
デカイ。
「千鶴ちゃん、気合入れすぎだよ・・・・・もうっ、一体、何のおにぎりなんだろう。」
呆れながらに一口、食べてみたら、味噌握りだった。
「これは・・・・・・。」
僕が体調が悪い時に握ってくれたあの味だった。
あんな小さな手で、こんなに大きな・・・・・・僕の為に・・・・・・。
最初は一目ぼれから始まった。
でも、彼女の強さが、彼女の弱さが、僕を夢中にさせた。
必死で誰かの為に頑張っていた、僕の大好きな女の子。
僕は考えていた。
上手くいかなかった恋に意味はあるのかって。
消えていってしまうものは、無かったものと同じなのかって・・・・・・今ならわかる。
意味はある。
あったんだよ、ここに。
「千鶴ちゃん、僕は・・・・・・君を好きになってよかった。」
時が過ぎて、何もかもが思い出になる日はきっとくる・・・・・・でも、僕がいて、君がいて、みんながいて、たった一つのときを過ごした、あの奇跡のような日々は、いつまでも甘い痛みとともに、胸の中の遠い場所でずっと、懐かしくまわりづるけるんだ。
6畳プラス台所3畳。風呂無し、高校まで徒歩10分。築28年、家賃3万4千円。
朝日が眩しい東向き。
僕は今日、ここを出て行く。
まぁ僕にしてはよく辛抱したと思う。薄桜高校の剣道部に入りたいが為に親元を離れ、こんな狭くて汚いアパートで一人暮らしして。
真下には朝から晩までうるさい新八先生がいて、隣には荒木と喧嘩したと泣いて駆け込んでくる平助がいて、その隣には知弘がいて・・・週末には剣道部のメンバーが良く集まってくるアパート。一人になりたい時にはうっとおしいと思っていた喧騒も、今では懐かしい。
「えーと、不動産屋に鍵を返して、大学の就職課に寄って、田舎の皆にお土産買って・・・。」
荷物を持ち、駅に向かう川辺りの道で、今からやることをかんがえていたら、向かいの道を彼女が通った。
「・・・・・・千鶴ちゃん。」
通いなれた、あのいつものスーパーの袋を持っている。
いつものように買い物をし、家に戻り、お昼を食べ、また裁縫道具を広げ、しなくてもいい剣道部の繕い物をし、この街で、彼女の日常はつづいてゆく。
さよならは、卒業式の日にすませたから。もう、話し掛けるべきではないと思った。
「声を掛けちゃダメだ。」
だから、ただ黙って見ていた。
「きっと今、話しかけたら、言わなくていい言葉を言ってしまう・・・・・・君を、困らせてしまう。」
---見慣れた川辺りの風景と、君と、全部が春の陽にひたされて---
「そんな別れかたをしたら、多分・・・・・・もう、本当に。」
---ピンで留めた懐かしい写真みたいに---
「二度と、会えなくなるから・・・・・・だから。」
---ただ、ただ、美しかった---
「だから・・・・・・。」
新幹線はがらがらだった。平日だからだろう。
「ま、いいか・・・静かなのも。」
そしてあのアパートのことを思い出した。
「少し寂しいけど。」
独り言を言いながらシートに座ると、色んなことが思い出された。
荒木が平助を迎えに来る騒がしい足音で目が覚めること。それから知弘と一緒に登校したこと。校門で毎回、一君と勝岡先輩に呼び止められること。
新八先生の飼っている犬のトシゾウがうるさくてアパートの床を殴ったこと。
部室でみんなでワイワイ騒いだこと。
この静けさの中だから、余計にあの日々の喧騒が懐かしく感じる。
でも、もう終わっちゃったんだな。
あの娘のことも・・・。
卒業式の日、僕は千鶴ちゃんに告白した。
千鶴ちゃんは、僕に頭を下げて
「ごめんなさい。」
と言った。千鶴ちゃんは知弘と付き合っていたんだ。
「謝ることないのに・・・・・・君はいつも謝ってばかりだよね。」
また君を困らせる言葉が口をついて出る。
「いつも謝ってばっかりで、いつも必死で誰かの役に立とうとしてて、いつも誰も見ていないところで努力してて・・・・・・だれも見てなんかないのにね。」
彼女を攻める気なんか無いのに、意地悪なことを言ってしまう。
「・・・・・・でも、知弘は見てたんだね、君の事。」
初めて自分の思っていることを素直に口に出来たと思って自分でも少し驚いた。
「幸せにね。」
君はきっと、これからも自分のことより誰かの為にせっせと働くんだろうね。そしてたまにドジをして、誰も困っちゃいないのに、目に涙を浮かべて必死で謝って・・・・・・そして、知弘に慰めてもらうんだろうね。
いま思い返してもいつもそうだったもんね、千鶴ちゃん。
「沖田先輩・・・・・・ありがとう。」
すいませんではなく、ありがとう。
僕をふるなんて、きっと君が初めてで最後なんじゃないかな?
まぁ、後悔しないように幸せになってね。絶対に。
僕らしくもなくセンチメンタルな気分に浸っていた時だった。
ホームに、今、頭の中で「ありがとう」と言った彼女の姿があった。
僕は新幹線の入り口まで走った。
「千鶴ちゃん!」
彼女は僕の声に振り返る。
「沖田先輩!」
僕に駆け寄る千鶴ちゃん。
プルルルルルル・・・・・・
「沖田先輩!コレを・・・・・・」
鳴り響くベルの中、千鶴ちゃんが僕に花柄のハンカチで包まれた箱を渡した。
プルルルルルル・・・・・・
これで、最後だ。
僕は彼女を抱きしめた。
ドアが閉まる。
ガラス越しに、彼女はもう一度
「ありがとう。」
と言った。
すいませんではなく、ありがとう。
新幹線は発車し、千鶴ちゃんが少しづつ小さくなっていく。
彼女は、見えなくなるまで手を振っていた。
彼女が見えなくなってから、席に戻り、僕は彼女に手渡された包みを開けた。
予想通り、ハンカチの中は弁当箱だった。蓋を開けてみた。
「・・・・・・おにぎり?」
デカイ。
「千鶴ちゃん、気合入れすぎだよ・・・・・もうっ、一体、何のおにぎりなんだろう。」
呆れながらに一口、食べてみたら、味噌握りだった。
「これは・・・・・・。」
僕が体調が悪い時に握ってくれたあの味だった。
あんな小さな手で、こんなに大きな・・・・・・僕の為に・・・・・・。
最初は一目ぼれから始まった。
でも、彼女の強さが、彼女の弱さが、僕を夢中にさせた。
必死で誰かの為に頑張っていた、僕の大好きな女の子。
僕は考えていた。
上手くいかなかった恋に意味はあるのかって。
消えていってしまうものは、無かったものと同じなのかって・・・・・・今ならわかる。
意味はある。
あったんだよ、ここに。
「千鶴ちゃん、僕は・・・・・・君を好きになってよかった。」
時が過ぎて、何もかもが思い出になる日はきっとくる・・・・・・でも、僕がいて、君がいて、みんながいて、たった一つのときを過ごした、あの奇跡のような日々は、いつまでも甘い痛みとともに、胸の中の遠い場所でずっと、懐かしくまわりづるけるんだ。