
山田宏杉並区長の成人式でのご挨拶に
感動しました。とご紹介がありました
山田宏杉並区長の成人式でのご挨拶に感動しました。
新成人に伝えたいこと
2010.01.11
今年の杉並区の成人式も、ほぼ厳粛に終わりました。
杉並区の成人式は、国歌斉唱、区長挨拶、そして
区議会議長の祝辞と簡素な式典ですが、毎年全国で
荒れる成人式が報道される中、杉並区の成人式は静かに
終了してきました。私の挨拶は、毎年だいたい同じ
内容です。まず成人式を節目に、立派な大人として
責任を果たしてほしいと述べ、そのためにまず
両親への感謝から始めてほしいと話します。
「今日家に帰ったらまずご両親ご家族に、『ありがとう』
と一言言ってほしい。ご両親には、この20年間さまざま
心配や苦労があったと思う。だけど『ありがとう』の一言
でご両親はきっと喜びで一杯になります」次に「ご両親や
ご家族だけではなく、こうやって皆さんが幸せな成人式を
迎えることができるのは、もっと多くの人々のお陰でも
あることも知ってほしい」と話し、そして「去年も、
10年前にも、そして65年前にも、皆さんと同じ新成人
がいましたが、今日は65年前の20歳の方の遺書を読み
ます」と述べ、靖国神社に納められている「英霊の言の葉」
の中から、20歳で戦死された方の一葉の遺書を読むのです。
たとえば今年は、次の遺書を読ませていただきました。
「父よ、母よ、弟よ、妹よ、そして永い間育んでくれた町よ
学校よ、さようなら。本当にありがとう。 こんな我が儘者を
よくもまあ本当にありがとう。僕はもっともっといつまでも
皆と楽しく暮らしたいんだ。愉快に勉強し皆にうんとご恩返し
をしなければならないんだ。(中略)然し僕はこんなにも
幸福な家族の一員である前に、日本人であることを忘れては
ならないと思うんだ。
日本人、日本人、自分の血の中には三千年の間受け継がれてきた
先祖の息吹が脈打っているんだ。永遠に栄えあれ、祖国日本。
みなさん、さようなら。 元気で征きます」
(塚本太郎。太平洋方面で戦死。享年22歳)国歌斉唱の時
にはガヤガヤしていた会場も、私の話が進み、遺書を読ませて
いただく段になると、シーンとなっていきます。ハンカチで
目を押さえている女性もいます。
そして私は、「新成人の皆さんが、こんなきれいな着物を着て、
乾杯して美味しいものが食べられるのも、こういった方々の
尊い犠牲があってこそと、今日は心にしっかり留めて、この方々
の分まで立派な大人になり、立派な日本をつくる責任が皆さん
にはあることを自覚してほしいのです」と結んで、話を終えます。
この時、ほとんどの成人の背筋がピンと伸びたのを、
私は演壇から毎年感じます。
私が「英霊の言の葉」を読んで挨拶することを快く思わない
政治グループは、毎年のように「区長が戦争礼賛。
特攻隊賛美のあいさつをした」とアジビラを配りますが、
戦争礼賛でも特攻隊賛美でもないことは、成人式に出席した
人で普通の感覚があれば、誰でもわかると思います。
私が新成人に伝えたい本意は、「みなさんの貴重ないのち。
亡くなったその人たちの分まで立派に生きてほしい」という
願い以外、何ものでもないのですから。現に、毎年、
翌日以降にいただく出席者の方々からのメールでは、
「遺書を聞いて、これまでいい加減な生き方をしていた
自分を恥ずかしく思った。これから立派な大人になろうと
思います」といった感想が、何通も送られてくるのです。
こんな成人式があることも知ってほしいと思います。
「日は私の52歳!の誕生日。でも、まだ52です。
「もう」と思うのか、「まだ」と思うのか、これが人生を
大きく変えてしまうよね。2年前、50歳を迎えたとき、
私はそれまでの人生を振り返ってみて、自分の描いてきた
志をほとんど実現できていないことに気づいた。政経塾を
出てから、都議会、国会、落選、そして区長と政治の道を
歩んできて、どの時期も全力で頑張ってきたつもりでは
あるけど、でもそれだけ。
そこで、若いときの青雲の志に立ち戻って、しかもこれまでの
経験や知恵も十分踏まえて、自分の政治家としての志をもう
一度打ち立てようと決意して、書き始めたのが「日本よい国構想」
で、中田前横浜市長や中村松山市長といった志ある人たちと議論
しながらまとめたのだ。だから、この本はもともと「世に問う」
つもりで記したものではなく、「何のための政治の道か」という
自分の志を改めて確認するために、自分に向けて書き始めたものだった。
つまり、これから始まる50歳から100歳までの
「政治家としての座標軸」をつくったということだった。
そんな本が自費出版で一般に販売されていないにも関わらず、
去年の2月11日の建国記念の日に発行して以来、口コミで広がり、
本当に全国の多くの方々から「分けてほしい」との要望をいただき、
おかげさまで4刷となり1万部を越えようとしているので、
正直びっくりしている。皆さん、本当にありがとうございます。
またお香典返しに、この本を配っておられる方がおられることも
先日耳にした。
有難いと頭が下がると同時に、お名前も存じあげないその方の、
高いお志に深い感銘を受けた。ありがたい。いま私は、同じ思い
をもっておられる方々がこんなにも多くおられることを知り、
嬉しく感じていると同時に、大きな勇気と責任を与えられて
いるとの思いを日々痛感している。 いよいよ日本も本格的に
崩れ始めている。一刻の猶予もなくなってきた。私は、今年こそ、
全国の志ある皆さんと一緒に根底からの日本の立て直しに着手し、
本来の日本と日本人のもつ『天分」を活かしきった全く新しい政治
を打ち立て、「日本よい国構想」の理想を実現して、日本を物心
ともに真に繁栄した世界の文明の一極として再生し、これから
世界と人類が直面するであろう様々な困難を先頭に立って解決して
いくような「志の高い国」に、祖国日本を甦らせたいと決意している。
私にとって52歳とは、50歳からの人生本番2年目である。
つまり、今日は「人生本番2歳」の誕生日。すべてこれからだ。
何も欲しいものはない。何かになりたいわけでもない。ただただ
素直な心で、私心を捨て去り、日本再生に尽くしたいばかりだ。
謹賀新年
2010.01.03
明けましておめでとうございます。
皆さまには、新しい平成22年の新年をいかがお迎えに
なりましたか。今年の元旦は、東京は晴れましたが、
他の地域では大晦日から大雪に見舞われたところも
多かったのではないでしょうか。この雪景色のように、
心を真っ白にして新しい年をスタートしたいものです。
さて、今年は十干十二支でいう「庚寅(かのえ・とら)」
の年です。昨年は「己丑(つちのと・うし)」の年で、
この年は一昨年の「戊子(つちのえ・ね)」の年に広
がった積年の矛盾を一掃する大変革の年と言われ、アメリカ
でも初めての黒人大統領の誕生があり、日本でも戦後初めて
の本格的な政権交代が行なわれました。
そのあとを受ける「庚寅」の年とは、「庚」は更新の「更」
と同じ意味、「寅」は新しく芽が出る、改まるという意味を
もち、今年は「更に改まる」「更新」の年です。
昨年の「己丑」の大変革に止まらず、更に変化していくことが
予想されます。そして来年は「辛卯(かのと・う)」の年が来ます。
「辛」は「しん」で「新」の意味。「卯」は草が地面を
覆っている様子を示す。
つまり「庚寅」で生まれた新しい流れが、次の時代の主流に
なっていくという年なのです。そういった意味で、「庚寅」の年は、
これから始まる新しい時代を形づくるとても重要な年と言えます。
ところで、60年前の「庚寅」は、昭和25年(1950)で、
この年も前年の中華人民共和国というアジアにおける共産国家の
初誕生を受けて、さらに朝鮮戦争が勃発し、アジアの東西冷戦の
スタートとなりました。
また、120年前の「庚寅」は明治23年(1890)ですが、
この年は前年の日本初の近代憲法である大日本帝国憲法の公布を受け、
初めての衆議院選挙が実施され、多くの政党が生まれ、その後の
日本の政党政治のスタートとなりました。
それでは、今年の「庚寅」はどんな年か?いずれにせよ、昨年の
政権交代がきっかけとなり、民主党も自民党もこのままではあり得ず、
更に新しい日本の政治体制の誕生に向かって変化していくのではないか
と思います。つまり、「大政界再編の年」ということです。
民主党もつまるところ、鳩山首相、岡田外相、そして小沢幹事長など
自民党時代の旧田中派で、そこに旧社会党のメンバーがくっついて
できた、自民党に勝つための「選挙互助会」で、新しい時代の新しい
日本の国家像を実現するために生まれた政党ではありません。
いわば戦後の自民党政治の延長線上にある政党です。これから
生まれてくる日本の政治は、戦後自民党が進めてきた
「自国の主権や安全はアメリカに預けて、ひたすら経済成長に邁進する」
という甘えの構造を脱して、わが国が大人の大国として
「自立と責任と誇り」の道を歩み、日本の「天分」を活かして
世界人類の諸課題を先頭に立って解決する国を建設していくことに、
その使命をもたなければなりません。
私は、昨年志を同じくする全国の首長や国民の方々と
「よい国つくろう!日本志民会議」という国民運動体を
立ち上げました。今年は、いよいよ「庚寅」の年にふさわしい
役割を果たして、日本の再生に尽くしていきたいと決意しています
貧すといえども、浮雲の富を求むるなかれ 窮すといえども
丈夫の志を屈するなかれ 恐恐(きょうきょう)龍のごとく
沈沈(ちんちん)虎のごとく 身を潜め、名を隠し
まさに一陽来復の時を待つべし これは、かつて京都の寺田屋
という坂本龍馬の定宿を訪ねた時に目にした、龍馬の詩です。
意は「窮乏の中にあっても、つまらない富に目を奪われず、
ますらおの志を捨ててはならない。(今は苦しいが)
龍や虎が獲物を狙うときのように、静かに身を潜めて、絶好の
機会を待つのだ」ということでしょう。
今年の元旦を迎えた私の心境でもありました。本年も旧年に倍して、
どうかよろしくお願いします。
以上です。
こころの中に、静かに情熱が伝わってきました・・。
”いのち”命を語るなら、この方の様に、熱く意気込みを語って
ほしかったですよ・・・鳩山さん。。(;´Д`)。。。