http://hrp-newsfile.jp/2023/4427/
幸福実現党党首 釈量子
◆新宗教に対して偏見を煽るマスコミや政治
昨年夏、旧統一教会に恨みを持つ人物によって安倍元首相が襲撃された事件以降、新宗教に
対して偏見を煽るようなマスコミ報道や政治的動きが出てきています。
自己責任を負うべき40歳を過ぎた男性の問題を、政治が「宗教全体」の問題であるかのように
すり替え、これまで票集めに宗教団体を利用してきた政治家たちも、掌を返して
宗教への規制を強めています。
そこで今回は、「信教の自由」や海外の「カルト対策」について考えたいと思います。
◆「信教の自由」の沿革
まず、「信教の自由」というのは、憲法20条で保障されている基本的人権です。
もとは「内心の自由」から来ています。
憲法第19条に「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」という規定がありますが、
この思想・良心の自由が「内心の自由」です。
「内心の自由」は、人間である以上、絶対に認められないといけない、根源的な自由です。
なぜなら、心のなかで思うことを禁止されたら、もう人間としての尊厳は認められないのに
等しいからです。その「内心の自由」の代表例として、第20条の「信教の自由」が出てきています。
「信教の自由」は、「〇〇の自由」という自由のカタログのなかで、「最も大切」なものとされます。
「何を信じるか」というのは命懸けで「信教の自由」から「信仰告白の自由」、
そして「言論・出版の自由」が出てきたからです。
「信教の自由」がなければ、ほかの自由もなかったわけで、こうした歴史的な沿革から、
ほかの権利よりも遙かに重い、尊い自由だと考えられています。
「信教の自由」は人権のなかの人権であり、国民が、心の中で何を思うかについて、
政治家が口を挟むことは、「信教の自由」を侵害する憲法違反です。
政治の側が、「あなたの信じている宗教はおかしい」「この団体の神は偽物だ」などと
言うことは、宗教弾圧であると共に、信者の人格を否定する人権侵害行為に他なりません。
もちろん、「詐欺」や「傷害」などの違法行為に関しては、現行の刑法でしっかり
取り締まるべきだと考えます。
しかし、教義の中身に関しては、政治の立場としては、基本的に「思想の自由市場」に
委ねるべきで、政治の使命は「信教の自由」を守ることにあります。
「おかしな宗教に騙される人や被害者が出てからでは遅い」という世論に押され、日本でも
フランスの「反セクト(カルト)法」のようなものをつくろうという議論も出てきています。
しかし「カルトかどうか」を政治が判断することは、「信教の自由」の侵害に簡単に
つながるので、カルトの定義は難しく、主観のレベルで決めていい問題ではありません。
◆海外のカルト対策
●フランス
そのフランスでは、1995年12月に国民議会の調査委員会の報告書で、「法外な金銭の要求」
など10の指標を設定して、173団体の名前がカルト教団(セクト)として公表されたことがありました。
2005年に173団体のリストは撤回されましたが、その理由は、「客観的な基準に欠ける」
というものです。(フランス内務省2020年報告書)。
その後、2001年に「反セクト法」が成立したのですが、これも、宗教の「教義」を対象に
カルト認定して規制するというものではなく、「人権侵害」などの行為を取り締まるものです。
法律違反の有罪判決を複数受ければ、裁判所から宗教団体の解散の宣告ができると定めては
いますが、今日まで、実際に団体が解散させられた例はありません。
●米国
アメリカでは、カルト規制の法律を作るという動きそのものがありません。
理由は、米国憲法修正第1条で「国教を樹立し、若しくは信教上の自由な行為を禁止する
法律を制定してはならない」と定めているためです。
アメリカでは「信教の自由」は憲法で認められた絶対的な権利の一つとされ、州ごとに
日本の「宗教法人法」にあたる法律はあるものの、連邦レベルで宗教団体に制限や制約を
設けることはしていません。
●中国
一応、中国の憲法には「公民の宗教信仰の自由」が明記されてはいます。
しかし、これは見せかけで「宗教を利用して社会の秩序を破壊してはならない」
「宗教団体は外国勢力の支配を受けない」として警戒し、実際、容赦ない
弾圧が繰り返されてきました。
中国の宗教に対する弾圧の実態から見てまいります。
◆中国の気功集団「法輪功」への弾圧
法輪功は、共産党の地方機関紙が「法輪功は詐欺」と書いたことを機に、新聞社や中国の
政府機関が密集している「中南海」を取り囲む大規模な抗議行動を行いました。
当時の江沢民政権は、法輪功を非合法の「邪教」として弾圧し、逮捕令状がなくても
逮捕し、強制収容所における思想改造、拷問、臓器収奪などがなされています。
2015年には刑法の「邪教」に関する条文を変えて、「邪教団体を組織、もしくは利用し、
国家の法律の実施を妨害した者」に対する最高刑を懲役15年から無期懲役に引き上げました。
2017年にも「邪教」への取締りを強化し、中国最高人民法院と最高人民検察院は
「未成年者に対する宣伝広告」など7項目に対して厳しく処罰する方針を明示しました。
習近平政権は、若い世代の信仰の根絶に非常に熱心で、教科書や大学内で「神」など
宗教的な言葉を禁句にするなど、信仰心を根絶やしにしようとしています。
2015年から習近平政権は「宗教の中国化」を掲げ、「信仰」よりも中国共産党への忠誠を
優先させる政策を進めました。
これにより、伝統宗教も例外なく、党の指導に従わないキリスト教の教会を容赦なく
破壊し、牧師を連行し、仏像の首が孔子像に挿げ替えられるなど、文明国とは思えないことをしています。
◆ウイグルにおける中国の人権蹂躙
今、世界の宗教者が心を痛めているのが、中国の習近平政権が行っている宗教弾圧です。
ウイグルにナチス型の「再教育施設」が、推計1300カ所以上あるとされています。
ある日突然、頭に黒い袋を被せられて連行され、施設では手足を拘束され、拷問やレイプ、
鎖につながれたまま「習近平への感謝」を連日叫ぶよう強制されます。
習近平政権の「宗教弾圧」に関しては、何ができるのか、考えなくてはなりません。
2018年、幸福実現党は、国連の人権理事会の加盟各国の人権状況をチェックする
「普遍的定期審査(UPR)で中国が対象となった際、レポートを提出しました。
私と及川幸久外務局長が、ウイグルの方と一緒にオブザーバー参加し、各国の様子
などもお話を聴いてきました。
◆「信教の自由」に対する日米の認識の違い
アメリカでは2年以上前から中国のウイグル弾圧を「ジェノサイド」と認定し、
厳しい対応を取っています。
アメリカでは人間は創造主に作られた被造物だという考えが根底にあります。
どこの国でも、「人間は、神の子仏の子であり、それだけ尊い存在なのだ」という考えが、
人権の尊厳の根拠となっています。
おなじ神仏の子が、弾圧されていることは、耐えがたい悲しみを感じるわけです。
神仏の存在は、政治の上位概念にあるものです。
信仰心を踏みにじり、軽々しく宗教に規制を掛けようとする日本の政治の動きは、
神になりかわろうとする「独裁者」の傲慢さに、よく似ているように思えます。
政治が宗教の信仰形態や教義などに口を出し、介入すると軽々に言うことの危険性を訴えたいと思います。
◆アメリカ政治の人権と正義の感覚
また、アメリカの下院は3月27日、「強制臓器摘出停止法案」が、賛成413反対2の、
圧倒的多数で可決しました。
アメリカでは、「強制的な臓器狩りや臓器摘出を目的とした人身売買に対して、資金提供など
便宜を図った」と判断した人物に制裁を科すことを可能にする法律が審議されており、
法案を作成した共和党下院議員クリス・スミス氏は、次のように述べています。
「習近平主席と中国共産党のもと、毎年6万人から10万人、平均年齢28歳の若者が犠牲者と
なって、その臓器のために残酷に殺されています。」
「中国共産党は彼ら (ウイグル人を含む民族や法輪功) を屠殺にちょうど良い『邪悪なカルト』
であると宣言しているのです。
◆日本は人権の防波堤に
日本の報道では、「宗教で被害を受けた」と言う二世信者のマイナスの側面ばかりが取り上げ、
政治でも宗教団体への規制の強化を論じるのが時代の流れのように報じています。
「信教の自由」に対して、国家権力の介入を容認する動きは、中国のような、全体主義の政治に通じて、
危険だと思います。
逆に、中国に対しては「自由、民主、信仰」という普遍的価値を共有する国が包囲していく必要があります。
むしろ日本は、宗教の理解を深め、「信教の自由」を擁護する立場を鮮明にし、中国共産党の
宗教弾圧に抵抗して、人権の防波堤となるべきではないでしょうか。
執筆者:釈 量子
幸福実現党党首
「中国化」する日本の人権。「反カルト」「新興宗教」「宗教二世」問題、日本のお粗末な議論に喝!人権の防波堤「信教の自由」を守れ!(釈量子)【言論チャンネル】
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