経営者のためのビジネス読ん得本ガイド
リバティ・ビジネス・レター 2009年5月17・27日号より

突き抜ける発想
リバティの村上です。
商売の基本は、言うまでもなく、
地道にコツコツとお客様のために努力と工夫を続けることです。
しかし、今日大をなした企業をみると、
時として「そんなことをして大丈夫か」と思うような危険を冒すことがあります。
それは、伸るか反るかの大勝負であったり、
誰も思いつかないような突飛なアイデアの実行であったりします。
特に不況期には、こうした「突き抜ける発想」が有効になることがあります。
好況の時であれば、誰もが自然に拡大志向になるので、突き抜けても、あまり差が出ません。
しかし不況の時だと、誰もが縮み志向になるので、
突き抜けに成功すると「一人勝ち」になることがあります
(もちろん失敗すれば「一人負け」しますのでリスクも大きいのですが)。
そこで、一般化できない話ではありますが、
今回は「突き抜ける方法」について考えてみたいと思います。
■■20倍への突き抜け■■
前にも紹介した『松下幸之助から教わった経営理念を売りなさい』という本に、
面白いエピソードが紹介されています。
まだ昭和30年代の話です。
松下電器(現パナソニック)がコタツを5万台生産したのですが、
2万台売れ残ってしまいました。
売れたのは3万台ですから、普通なら次の年は同じ5万台くらいを生産して販売に力を入れるか、
あるいは4万台くらいに生産を落とすという判断になります。
ところが松下幸之助は、とんでもない判断をします。
なんと60万台の生産を命じたのです。
60万台ということは、前年度の実績である3万台の20倍です。
企画室の調査では、かなり売れるという予測を立ててはいたそうですが、
それでも20倍などという予測が出るはずがありません。
その後、どうなったかというと、見事60万台売れてしまったのです。
この本では、それ以上詳しいエピソードが書かれていないのが残念ですが、
これはすごい話です。
いくら「これはいける」と思ったところで、実際に20倍つくれるものではありません。
その生産に耐えられるだけの工場も必要になるし、人も必要になります。
売れなかったら、膨大な在庫を抱えて、下手をすれば倒産です。
何をもって20倍売れると確信したのか分かりませんが、「カンが鋭い」というだけでなく、
これを実行に移し、部下を動かし、人と金を使えるというのは、並みの度胸ではありません。
しかし、この20倍の飛躍で松下電器が一気に大きくなったことは確かです。
ほかにも自転車ランプやアイロンなど、
初期のヒット商品は、いずれも大きな勝負をかけています。
そして、そのいずれの勝負でも、見事勝ちをおさめてきたからこそ、
今日の発展があるのだと思います。
■■トヨタ乾坤一擲の勝負■■
トヨタにも似たようなエピソードがあります。
トヨタにとって初めての乗用車専用工場である元町工場をつくった時のことです。
昭和33年の時のことですが、当時の主要車種たったクラウンで月販2000台でしたが、
いきなり「月産1万台」の工場をつくってしまったのです。
その費用は80億円で、当時のトヨタ自工の資本金の4倍にあたる金額です。
そんな多額の投資をして売れなかったら、倒産の危機です。
それでなくとも、その8年前にトヨタは一度潰れかかっています。
それで豊田家出身でない石田退三という人が、トヨタの社長として送り込まれ、
倹約型の経営をしていた時期です。
提案したのは豊田英二さんというトヨタの中興の祖のような方ですが、
この人が石田退三を説得して、とてつもない規模の工場をつくってしまったのです。
もっとも、この時はさすがに「月産1万台」では飛躍があると思ったのか、
その半分の「月産5千台」と言っておいて、
建物だけは1万台つくれるだけの広さのものにしていたようです。
もちろん、結果は大当たり。工場ができた年のうちに月産1万台を達成してしまいました。
この冒険によって、トヨタは国内ナンバーワンとしての不動の地位を築いたのでした。
8年前の倒産寸前の恐怖から、身がすくんで攻めの決断ができずにいたとしたら、
今日のトヨタはなかったのかもしれません。
豊田英二、石田退三の両氏の見事な「突き抜け」た判断でした。
■■品質への突き抜け■■
さて、今年3月期決算で、そのトヨタを抜いて、
国内の製造業で営業利益ナンバーワンに輝いたのが任天堂です。
任天堂も突き抜けた発想を持つ会社です。
ただ、任天堂は工場を持たないメーカーなので、
パナソニックやトヨタとは違った形で突き抜けます。
それが「ちゃぶ台返し」の精神です。
『任天堂“驚き”を生む方程式』(井上理著)という本に載っているのですが、
任天堂には宮本茂という伝説的なクリエイターがいます(現同社専務)。
「マリオ」や「ドンキーコング」の生みの親と言った方が分かりやすいかもしれません。
「TIME」誌の「世界で最も影響力がある100人」にトヨタの社長とともに選ばれた人でもあります。
宮本さんは、ゲームの開発チームがいよいよ完成間近という切羽詰まった段階になると、
開発現場に現れるそうです。
そして、それまでの苦労を水の泡にするような“やり直し指示”を出すのです。
あまりに、それが頻繁なので、「宮本のちゃぶ台返し」は社内ですっかり有名になり、
海外法人でも「リターン・ティー・テーブル」として恐れられていると言います。
しかし、発売を延期してまで、やり直しをすると、
結果的によりよいゲームができて、ヒット作になってしまいます
(発売中止という非常な指示を出す時もある)。
だから社員も最終的には納得することになります。
著者の井上氏は、その真意を、
「納得ができないものを商品として世に出すことが、ただ耐えられない」
ところにあると分析します。
また、常に「肩越しの視線」でやり直しの指示をするそうです。
普段ゲームをやらないスタッフを連れてきて、試作のゲームをやらせ、
それを後ろから覗き込んで観察するのです。
すると、ゲームに慣れない人にとって、どこが分からないのか、
どこが操作しにくいのか、改善が浮き彫りになるわけです。
素人目線で「おかしい」と感じたところを、妥協することなく、
次々とやり直しを命じて、「(素人にとっても)分かりやすく、
操作しやすい」ものにしていくことで、次々とヒット商品を世に送り出しているのです。
その結果、工場を持たないメーカーが、
世界中に大きな工場をいくつも持つトヨタを追い抜くという、
ちょっと考えられない事態が現実のものとなったわけです。
これも一つの突き抜け事例ではないでしょうか。
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こうした「突き抜け」や「こだわり」は一体どこから湧いてくるのか
――ということについては、正直なところ、
こうした本をいくら読んでも、明確に見えてきません。
突然、何倍もの目標を掲げたり、
突然、今までの努力を無に帰すような方針変更をしたりすることは、
平凡な人間には理解不能であったり、後で分析しても理屈がつかなかったりします。
しかし、現実の世界を見ると、こんな事例で満ち満ちています。
織田信長の桶狭間の戦いもそうです。
今映画『レッドクリフ』で話題の赤壁の戦いもそうです。
普通に考えたら絶対に勝てるはずのない状況なのに、勝ってしまっています。
「なんだかよく分からないけれど、あることはあるのだ」としか言いようがないのですが、
ここで明らかなのは、「過去の延長線上に未来は歩まない」という一点です。
最近は、GDPが戦後最悪のマイナス成長になったこともあり、暗い予測ばかりが溢れています。
しかし、過去に何の実績がなくとも、突然飛躍するケースがこのようにある以上、
暗いニュースに付き合う必要はありません。
不況期は堅実経営が基本ではありますが、時にはこうした「突き抜け」が可能かどうか、
検討することも意味があるのではないでしょうか。