http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52639 より
バノンがトランプ一家とどれだけ「険悪」であったか、教えましょう ~米メディアはこんな風に報じていた
解任までの長い迷走
8月18日、ホワイトハウスのサラ・サンダース報道官は記者会見の席で短い声明を発表した。声明は「ジョン・ケリー首席補佐官とスティーブ・バノンは、今日がバノンの(ホワイトハウスでの)最後の日になることで合意した。我々は彼の貢献に感謝している」と、味気ないほど簡単な文面であった。
バノンはトランプ政権誕生の立役者であり、政権発足直後にホワイトハウスの首席戦略官に任命され、その影響力を誇示していた。彼は白人至上主義を主張するオルトライトの指導的な人物で、孤立主義を主張し、トランプ政権の政策をリードしてきた。
トランプ政権のイスラム国からの入国規制やパリ条約からの離脱といった政策は、バノンを中心とするホワイトハウス内のオルトライト・グループが主導して推進された。
だが3月頃から、トランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー補佐官などの国際派との対立が表面化し、幾度も辞任の噂が流れた。また、共和党や経済界から辞任を求める声もでていた。保守派のフォックス・ニュースのルパート・マードック会長もトランプ大統領にバノン解任を進言していた。
トランプ大統領はホワイトハウスの再構築を進めてきた。ショーン・スパイサー報道官やプリーバス首席補佐官の解任、退役海兵隊大将のケリー国土安全保障長官を首席補佐官に任命する人事を行った。またアンソニー・スカラムッチ報道部長も就任わずか10日で解任している。
ちなみにプリーバス首席補佐官は共和党全国委員会委員長、スパイサー報道官は共和党全国委員会広報部長の職にあり、共和党との間にパイプを持つ人物である。トランプ大統領はブリーバス首席補佐官の解任を決定した時から、バノンの解任も考え始めていた。
何と何が対立したのか
バノン解任では、ケリー新首席補佐官が主導的な役割を果たした。トランプ大統領はケリー首席補佐官に、ホワイトハウスの組織の立て直しと、バノンの役割に関する評価を命じた。
トランプ大統領は度重なる情報リークに苦々しい思いをしていたが、プリーバスやバノンが情報リーク源ではないかと疑い始めていた。それもバノン解任の動機になったのかもしれない。
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問題は、「いつ」「どのような形」でバノンを辞任させるか、であったと伝えられている。トランプ大統領は、政権誕生の貢献者であるバノンの体面を保つために、辞任の選択肢を与えたと言われている。ただ、バノンに近い筋は、辞任はあくまでバノン自身の意志によるものであると、解任説を否定している。
バノンが辞表を提出したのは8月7日である。辞表では14日付で辞任するとなっていたが、12日、バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義グループのデモに抗議する反対派の集団に自動車が突入して死者が出る事件が発生し、辞任発表は先送りとなった。
そんな中、15日にバノンはトランプ大統領が行った極右白人至上主義者の行動を容認する発言を「決定的な瞬間」と賞賛している。トランプ大統領がそうした発言をしたのは、バノンの影響があるとみられる。
辞任発表が18日になったのは、2016年8月17日にバノンがトランプ候補の選挙責任者に就任しており、18日はそれから1周年に当たるからであるとの見方もある。
保守派のウェブサイト『ニュースマックス』は、バノン解任の6つの理由を指摘している。
(1)北朝鮮政策でトランプ大統領と対立したこと(2)シャーロッツビルの衝突の後、オルトライトに対する締め付けが厳しくなったこと(3)バノンが中国との貿易戦争を主張したこと(4)ホワイトハウス内での対立、具体的にはコーン国家経済委員会委員長とスーザン・トロントン国務省東アジア太平洋局長を攻撃したこと(5)クシュナー特別顧問らトランプ一家との関係が悪化したこと(6)共和党内部からバノン批判が強まったこと、である。
バノンは18日には古巣のブライトバート・ニュースに復帰し、同日開かれた編集会議を主催した。同社のラリー・ソルブ最高経営責任者は「ポピュリスト・ナショナリスト運動は現在、さらに強くなっている。バノンが復帰したことで、わが社の国際的な拡大は加速するだろう。空は無限である」と、バノンの復帰を歓迎している。
現実派に急旋回するトランプ政権
次の問題は、バノンなきホワイトハウスがどう変わっていくかである。
ホワイトハウスには極右のオルトライトを代表する人物が3人いた。バノンとスティーブン・ミラー大統領上席顧問、セバスチャン・ゴルカ大統領副補佐官である。
バノンは通商問題、移民問題、税制改革など主要な問題で、国際派や穏健派と激しい対立を繰り返してきた。トランプ大統領には選挙公約を守るように執拗に迫っていた。執務室には選挙公約を書いた紙が貼られ、バノンはその実現に注力していた。
だが、国際派や穏健派は、より現実的な政策に転換すべきだと主張し、バノンと激しく対立していた。
また、バノンはトランプ一家とも険悪な関係にあった。
娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上席顧問とは、選挙運動中は極めて良好な関係にあり、叔父と甥の関係とさえ言われたが、パリ協定離脱を巡り対立が表面化して以降、二人の関係は険悪なものになっていった。
パリ協定離脱に反対する大統領の娘のイバンカや、ゴールドマン・サックス前社長で国際派のゲイリー・コーン国家経済会議委員長とも激しく対立した。バノンが中国との貿易戦争も辞さずと主張したのに対して、中国とコトを構えたくないコーン委員長は反対の立場を取った。
バノンは「ここで私は毎日戦っている。財務省やコーン、ゴールドマン・サックスのロビイストと戦っている」と語っている。トランプ大統領は、そうした先鋭な対立がホワイトハウスのチームワークを乱すと思い始めていた。
安全保障を巡る「陣取り合戦」
特に注目されたのは、ハーバート・マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官との対立である。バノンは孤立主義を主張する国粋主義者で、海外への軍事介入に否定的な立場を取ってきた。これに対して、マクマスター補佐官はアフガニスタンへの増派を主張して、バノンと真っ向から対立していた。
バノンは首席戦略官であるが、同時に国家安全保障会議に出席できる異例の扱いを受けていた。だが、マクマスター補佐官はバノン本人を国家安全保障会議から排除した上、バノンに近い存在であったマイケル・フリン前国家安全保障担当補佐官の崇拝者も国家安全保障会議から排除している。
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こうした対立の中、8月に入って極右のメディアは一斉にマクマスター補佐官を攻撃し始めた。その一部は、マクマスター補佐官と投資家でリベラル派のジョージ・ソロスとの関係を槍玉にあげて、同補佐官に批判を加えた。その背後にバノンが存在することは容易に想像できたが、バノンは無関係だと反論している。
「政権攻撃の自由」を手にしたバノン
ホワイトハウスを去ったバノンは「野に放たれた野獣」になるかもしれない。バノンを知る人は、ホワイトハウスの外にいるほうがバノンの影響力は強まると語る。ブライトバート・ニュースを中心に、今まで以上に激しい論陣を展開するかもしれない。
ただ、バノンはホワイトハウスを去るに際して「自分はホワイトハウスを去り、トランプ大統領のために議会やメディア、大企業の敵と戦うつもりだ」「外部からトランプ大統領の政策実現のためにもっと効果的に戦うことができると思う。それを阻止する者がいれば、私たちは戦う」と語っている。
だが、その発言には解釈が必要だろう。すなわち、バノンはホワイトハウスの外からトランプ大統領に圧力をかけると言っているのである。ポピュリストの選挙公約実施をトランプ大統領に求めていくことになるだろう。
もしトランプ大統領がホワイトハウスの国際派や穏健派に妥協し、政策を転換すれば、バノンが容赦なくトランプ批判を展開することは間違いない。
フォックス・ニュースのアンカーマンのサンドラ・スミスは、「大統領が間違っていると判断したら、バノンは大統領を容赦なく攻撃するために影響力を行使するだろう」と語っている。
元ブライトバードの記者のカート・バーデラは「バノンは解放された気持ちだろう。彼はホワイトハウスに残っている国際派に最大限の打撃を与えるために、ブライトバート・ニュースを公然と使うだろう」と語っている。
バノンは側近に「トランプ大統領は政治的スキルと、メディアとの対立を避ける規律に欠けている」と不満を漏らしていた。トランプ大統領の北朝鮮やベネズエラに対する過激な発言に不満を抱き、「海外に軍事的介入をしようとする顧問に依存しすぎる」とも語っている。
バノンは、北朝鮮に対しても、軍事的な解決はないとの立場を表明している。シリアに対するミサイル攻撃にも批判的であった。そこにある基本的な考え方は、アメリカは海外で軍事的な介入をすべきではないというものである。
オルトライトと現実政治は相容れない
バノンはネオコンの雑誌『ウィークリー・スタンダード』誌に「私たちが戦い、勝ち取ったトランプ政権は終わった。私たちは依然として大きな(思想)運動を維持しており、政権を利用する。(中略)これからあらゆる種類の戦いが始まるだろう。良い日もあれば、悪い日もあるだろう。だが、この政権は終わった」と語っている。
だが、勝利したトランプ大統領からすれば、バノンに代表されるオルトライトとの関係ゆえに多くの敵を作り出してしまい、ホワイトハウスが機能不全に陥ってしまったと言いたいところだろう。
トランプ大統領とバノンの関係は、トランプがバノンを選んだのではなく、バノンがトランプを選び、自らの思想と政策の実現をトランプに託したものと考えるべきだ。トランプ大統領はバノンら右派ポピュリズムの理論を武器に選挙戦を戦い、勝利したのである。
オルトライトが大きな力を発揮したのは、「反エスタブリッシュメント」の立場にあったからだ。だが、トランプ政権が誕生すると、オルトライトを代表する人物たちがホワイトハウスのスタッフに就任した。言い換えれば、彼ら自身がエスタブリッシュメントになってしまった訳である。
その結果、オルトライトは現実の政治に取り込まれて行かざるを得なくなった。現実の政治では妥協が避けられないし、思想を異にする相手とも協力しなければならない。とすれば、オルトライトの主張も矛先が鈍らざるを得ない。バノンがホワイトハウス内で孤立したのも、ある意味で当然だったのである。
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