朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

うしろのものを忘れ、前のものに向かって

2019-11-26 10:42:11 | 聖書から
あなたは
命に道を教えてくださいます。詩16:11



 私は、
後のものを忘れ、
前のものに全身を向けて進みます。フィリピ書3:13



 Ⅰペㇳロ1:13~21
 イザヤ書40:12~25(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句11/26;火)

 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たちに命の道を教えてくださる方。

私たちは、この方から与えられているそれを得るために、
後のもの、〔生まれたときからの私〕のものを忘れ、
前のもの、【聖である霊】と呼ばれる方によって現れるものに向かって
全身を向けて進むのですね。



 心を引き締め、身を慎み、
イエスが二度目に来られるとき
私たちにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望んで。


 従順な子どもとして、
以前の、無知であったときのさまざまな欲望に従わず、
召してくださった聖なる方にならって、
あらゆる行いにおいて聖なるものとされるようにと。
「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と
書かれてあるように。
この地上にとどまっているしばらくの間を恐れかしこんで。



 私たちは、傷も汚(けが)れもない小羊のような
イエスの尊い血によって、
先祖伝来のむなしい生き方から贖(あがな)い出され、
イエスを死者の中からよみがえらせて、
天の、ご自身の右の座に復帰させられた神に信頼する者と
していただいているのですから(Ⅰペテロ1:13~21)。


 この方は、手のひらで水を量り、
手の幅で天を推し量り、
地のちりを枡で量り、
御思いのとおりにこの天地を創造された方。



 だから、言われるのですね。
だれが【主】の霊を推し量り、主の顧問として教えたのか。
主はだれと相談して悟りを得られたのか。
だれが公正の道筋を主に教えて、
知識を授け、英知の道を知らせたのか。



 見よ。国々は、手おけの一しずく、
はかりの上のごみのように見なされる。

すべての国々も主の前ではないに等しく、
主にとっては、
むなしく形もないものとみなされる。


 あなたがたは、神をだれになぞらえ、
神をどんな似姿(にすがた)に似せようとするのか。
 あなたがたは知らないのか。聞かないのか。


 あなたがたは知らないのか。聞かないのか。
初めから、告げられなかったのか。
地の基がどうして置かれたかを悟らなかったのか。
主はちをおおう天蓋(てんがい)の上に住まわれる。

地の住民はいなごのようだ。
主は天を薄絹のように延べ、
これを天幕のように広げて住まわれる。
君主たちを無に帰し、
地のさばきつかさをむなしいものにされる。
彼らが、やっと植えられ、やっと蒔かれ、
やっと地に根を張ろうとするとき、
主はそれに風を吹き付け、彼らは枯れる。
暴風がそれを、わらのように散らす。
「それなのに、わたしを、だれになぞらえ、
だれと比べようとするのか」、と。



私たちも
うしろのものを忘れ、前のものに向かって、
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださるこの方の御思いの中を。
今日も。



(近くの教会を知りたい等、
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イエスによる新しい契約の中へ、と

2019-11-25 09:36:31 | 聖書から
神は、アブラハムに言われた。
「あなたも、わたしの契約を守りなさい。
あなたの後に続く子孫も。」創世記17:9



 神は私たちを、
新しい契約に仕える者とされたのである。Ⅱコリント3:6(口語訳)



 ヘブル書12:18~25
 イザヤ書40: 1~11 (通読箇所)

  (ローズンゲン日々聖句11/25;月)


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方ご自身が、
私たちと契約を結び、
私たちをご自分の国の国民としてくださる、というのですね。



 私たち異邦人も、
イエスが受けてくださった十字架刑での処刑によって、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、
ご自身の創造の目的から「的外れ」になってしまっている

〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑が終わっている者、死んだものとしてくださり、



 死んで葬られ、三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
天の、ご自身の右の座に復帰されたイエスを通して、
もう一人の方、【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣し、
この方によって私たちの心にご自身の御思いを置いて、
私たちの心にご自身の御思いがあるようにし、
受け入れる者がご自身と一つ心になって生きるという、
約束されていた新しい契約(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)を成就して(使徒2章)。



 最初の契約が結ばれた時のシナイ山においては、
燃える火、黒雲、暗やみ、あらし、ラッパの響き、ことばのとどろきがありました。
モーセさえもが「私は恐れて、震える」と言う、恐ろしい光景が。



 しかし、新しい契約で私たちを待っているのは、
シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、
無数のみ使いたちの大祝会、天に登録されている長子たちの集会、
万民の審判者である神、
全うされた義人たちの霊、
さらに新しい契約の仲介者イエス、
私たちの背きの罪を赦し、神に近づかせるイエスの流された注ぎかけの血、
なのだそうですから(ヘブル12:18~24)。



 天の神、主は仰せられたとおりに。
「慰めよ。慰めよ。私の民を。
エルサレムに優しく語りかけよ。
これに呼び掛けよ。
その労苦は終わり、その咎(とが)は償(つぐな)われた。
そのすべての罪に引き替え、
二倍のものを【主】の手から受けた。
すべての人は草、
その栄光は、みな野の花のようだ。

【主】のいぶきがその上に吹くと、
草は枯れ、花はしぼむ。
まことに、民は草だ。
草は枯れ、花はしぼむ。
だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。
見よ。神である主は力を持って来られ、
その御腕ですべ納められる。
見よ。その報いは主とともにあり、
その報酬は主の前にある。
主は羊飼いのように、その群れを飼い、
御腕に子羊を引き寄せ、懐に抱き、
乳を飲ませる羊を優しく導く」(イザヤ40:1~11より)との。


 【聖である霊】と呼ばれる方による新しい契約の中で。
今日も。



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泣きながら出ていく者は、喜び叫びながら帰って来るのだそうですから

2019-11-24 19:04:13 | 聖書から
腰に帯を締め、
ともし火を灯していなさい。ルカ12:35(11/24の週の聖句)



 光は正しい人のために現れ、
喜びは
心のまっすぐな人のためにあらわれる。詩97:11(口語訳)



 悲しむ人は幸いである。
その人たちは慰められる。マタイ5:4



 マタイ25:1~13
 詩126(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句11/24;Ⅳ日曜)


 主人の帰りを待つしもべのように、
花婿の到着を出迎える乙女たちのように、
腰に帯を締め、
油を受け続けながら、
ともし火を灯して待っていなさい、というのですね。
主人の帰りが、花婿の到着がいつであるか
私たちは知らないのですから。



 光は正しい人のために、
喜びは心のまっすぐな人のために蒔かれとおり、
あらわれるのだそうですから。



 今、悲しんでいる人も、
その悲しみをかなしみのまま、
まっすぐに、天の神、【主】に持っていって、
天の神、【主】の慰めを受け、幸いな者となるのだそうですから。


 それで、私たちもうたうのですね。
【主】がシオンの繁栄をもとどおりにされたとき、
私たちは夢を見ている者のようであった。
そのとき、私たちの口は笑いで満たされた。
私たちの舌は喜びの叫びでみたされた。

そのとき、国々の間で、人々は言った。
「【主】は彼らのためにおおいなることをなされた。」
【主】は私たちのために大いなることをなされ、
私たちは喜んだ。
【主】よ。ネゲブの流れのように、
私たちの繁栄を元どおりにしてください。
涙とともに種を蒔く者は、
喜び叫びながら刈り取ろう。
種入れをかかえ、泣きながら出ていく者は
束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。(詩篇126新改訳)、と。
今日も。



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羊を導く羊飼いのように

2019-11-23 08:01:05 | 聖書から
主は私の羊飼い、
私には何も欠けることがない。詩23:1



 パウロの手紙:
私たちは、
あらゆる場合に
神に仕える者として
その実を示しています。
悲しんでいるようで、常に喜び、
貧しいようで、多くの人を富ませ、
無一物のようで、すべての者を所有しています。Ⅱコリント6:4、10



 黙示録20:11~15
 マタイ25:31~46(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句11/23;土・祝)



 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方が、
私たちを、
羊飼いが羊を扱うようにしていてくださるのですね。

緑の牧場に伏させ、
いこいの水のほとりに伴われ、
私たちのたましいを生き返らせ、
御名のために、私たちを義の道に導いて。



 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、
私たちは、災いを恐れなくていいのだそうです。
この方が私たちとともにいて下さるので。



 この方は私たちをむちと杖で慰めてくださり、
私たちの敵の前で、私たちのために食事をととのえ、
私たちの頭に油を注いでくださり、
私たちの杯をあふれさせてくださるのですから。



 私たちのいのちの日の限り、
この方のいつくしみと恵みとが、私たちを追って来て、
私たちをいつまでも、
この方の家に住まうようにしてくださるのだそうですから。



 それで私たちは、この方によって、
悲しんでいるようで、いつも喜んでおり、
貧しいようでも、多くの人を富ませ、
何も持たないようで、すべてのものを持っていることになるのだそうです。



 世の終わりに、
すべての人がこの方の大きな白い御座の前に立ち、
自分の行いに応じてさばかれるときにも、
イエスが十字架刑での処刑を受けて完了してくださった
贖(あがな)い(買い戻し)の御業によって
「いのちの書」に名が記されている者としていただいて(黙示録20:11~15)。



 【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いによって、
空腹である人に食べ物を与え、
渇いている人に飲ませ、
旅人に宿を貸し、
裸の人に着る物を与え、
病気の人を見舞い、
牢にいる人をたずねて。 



 御国を継ぐ者として
永遠のいのちの中へと(マタイ25:31~46)。



私の羊飼いとなっていてくださる方によって、
今日も。



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なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは!

2019-11-22 08:09:31 | 聖書から
あなたの祭壇に、
鳥は住みかを作り、
つばめは巣をかけて、雛を置いています。
万軍の主、私の王、私の神よ。詩84:4



 イエスの言葉:
二人または三人が
わたしの名によって集まるところには、
わたしもその中にいるのである。マタイ18:20



 ヘブル書13:17~21
 マタイ25:14~30(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句11/22;金)



 「万軍の【主】。
あなたのお住まいは何と慕わしいことでしょう。
私のたましいは、【主】の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。
私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。
雀さえも、住みかを見つけました。
つばめもひなを入れる巣、あなたの祭壇を見つけました。
万軍の【主】。私の王、私の神よ。
なんと幸いなことでしょう。
あなたの家に住む人たちは。
彼らは、いつも、あなたをほめたたえています」(詩篇84:1~4新改訳)
と詩人はうたっています。



 また、二人または三人がイエスの名によって集まるところに、
イエスもいて下さるというのですね。

受け入れる者、ひとりひとりのうちにも
【聖である霊】と呼ばれる方が住んでくださって。



 イエスが十字架刑での処刑を受けて流された
永遠の契約の血による羊の大牧者、
私たちの主イエスを死者の中から導き出された平和の神が、
受け入れる者に、
イエスを通して、【聖である霊】と呼ばれる方を派遣してくださり、
この方によって私たちの心にご自身の御思いを置き、
受け入れる者がご自身と一つ思いになるようにしてくださって、
イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行い、
私たちがみこころを行うことができるために、
すべての良いことについて、
私たちを完全な者としてくださるのだそうですから。



 だから、指導者たちの言うことを聞き、これに従うように、と言うのですね。
この人たちは神に弁明する者であって、
私たちのたましいのために見張りをしているのだそうですから(ヘブル13:17~21)。



 私たちがこの世にあって、
イエスが二度目に来て、
私たちをご自身のいる所に引き上げてくださるまでの間は、
ちょうど、自分の財産をしもべたちに預け、旅に出て行く人のようだと
イエスは言われるのですね。



 【聖である霊】と呼ばれる方が私たちひとりひとりのうちに置いてくださる
【父である神】の御思いに従って行動していけば、
そこに、ある人には5タラント
(1タラントは、1デナリ〔労働者の賃金1日分〕の6000倍)、
ある人には2タラント、
ある人には1タラントの
【聖である霊】と呼ばれる方の働きの現れが起こるのだそうですから(マタイ25:14~30)。



 この方と共にいる幸いの中で。
今日も。



(近くの教会を知りたい等の方、
また、婚活で広く出会いを求めたい、

教会に行っていないけれど、
葬儀をキリスト教でしたい、

等の方、
お問い合わせは、
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