The Diary of Ka2104-2

連載小説「私の名前は舞」第5章 ー 石川勝敏・著

 

第5章

 3階までエレベーターで乗り降りして自分の世帯までおじさんがやって来ると、さっきの男が、

「やあ、おやじ」と明るい調子で言ってきました。

「金の無心なら帰れ。登(のぼる)。寄越す金はねぇ」

「違うんだおやじ。心入れ替えた報告があってさ。さっきからずっと立ちっぱなしなんだよ、お願いだからとりあえず中に入れてくれよ」土産の折箱を品のいい紙の袋に入れて携えているその息子氏はおじさんがドアを開ける間隙をぬって続いて中に入っていった。ネコじゃあるまいしと私は思いました。

 おじさんと登さんが低くて小さいダイニングテーブルを挟んで正対しています。おじさんは正座で登さんはあぐらをかいてそれぞれ座っています。私は脚立のすぐ下に匍匐の格好で何が始まるのか見守っていました。おじさんは登さんにだけお茶を出しました。登さんが口火を切りました。

「渋い顔するのはやめてくれよ。怖いからさ」

「今日は何しに来た?」

「今からちゃんと話すから。おやじにはイエスと言って欲しいーーーーあれから土木士、正確に言うと土木施工管理技士1級の資格取って俺ばりばり働きだしたんだ。当然報酬はじゃんじゃか増える。それで思ったんだよ。家が欲しい。今の俺なら二世帯はもちろんのこと豪邸だって買える。俺が家というとき、それはーーーー」

「それは潔い金か」

「信じてくれよぉ。人間変わるときが来るもんだ」

「変わるものか」

「実際、彼女もいる。嫁にもらうときはその同じ家に入れるつもりだ。そしてなにより母さんがああなってからのおやじのことを思う。寂しくてやるせないだろなって」

「離れてからだが、永すぎた」

「そうだろう?家って家じゃないかい、おやじ」そう言うと登さんは改めて正座なりに座り直し肘を直角に手を腰に当てこう言った。

「俺は直すべきところがまだあるんだったら、直すべきを直します。おやじが必要なんだ。お願いします。俺の家へ入ってくれ」ここでおじさんの瞳から涙がぽろぽろ流れ落ちた。

「えっ。どうしたんだよおやじ。なんで泣くんだよ。素直になってくれさえすればいいものをーーーーどうしたんだよ、おやじ、泣かないでおくれ、それで俺の言うこと聞いてくれ。このとおりお願いしますから、お願いだから」とペコッと登さんは頭を下げた。

 登さんはゆっくり顔を上げるのですが、おじさんのまだ濡れている顔は見ていられませんでした。

 登さんも困惑して何が何だかわかりきらなかったのですが、結局登さんの方が後ずさりするより他なく日が沈む前にはとおに帰る始末でした。

 登さんが玄関ドアを出ようとするその時私の出番が回ってきました。おじさんの言いつけどおり私は桐の小箱を口にくわえ、登さんのところへ持っていき、登さんの足元へぽとりとそれを落としました。登さんはそれを拾い中を開けてみると、奥の居室からおじさんの言葉が響き渡りました。平生の声でした。

「それはわしからおまえの母さんに贈った結婚指輪だ。あいつ遺していたんだ。お前にやるよ。後生にしな。それも家族の証だ」


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