The Diary of Ka2104-2

連載小説「私の名前は舞」第4章 ー 石川勝敏・著

 

第4章

 疲弊しきったような私の意識に声が聞こえる。

「奥さん、だ、大丈夫ですか?」

「ああ、びっくりしました。わたくしは大丈夫ですが、今のは野良猫でしょうか?」

ここからは私がおじさんから後ほど語ってもらったとおり。

 ある女性が自転車で向こうからやって来る際にネコの私が陰から急に飛び出し、自転車はブレーキをかけるいとまもなく私と衝突。私が飛び跳ねるのと同時に自転車と女性は横倒しに。

「奥さん、だ、大丈夫ですか?」

と声掛けしながらおじさんは女性を抱え起こした。

「ああ、びっくりしました。わたくしは大丈夫ですが、今のは野良猫でしょうか?」

「いえ、ご迷惑おかけしました。うちのネコの舞です」

そう言うとおじさんは足早に私の処に駆け寄った。すぐに抱き上げ私を彼の頬に寄せた。大丈夫か舞、と言いながら私に触ってくるので私はわかりいいように仰向けになって腹を触って確認しやすいようにした。腹に違和感がある。おじさんは腹を触ってどこにも破裂がないらしいことを確認。女性に向かって、

「どうやらうちの子は打ち身程度で済んだらしい。ほら体毛ふっくらしっぽも振ってる」

「ならいいんですけど。ごめんなさいね」

「うちもこっちです。心配ですから一緒に行きましょ」

「私は自転車を引きながら歩きます。私もネコのことが心配ですから」

素早くバッグを取りにいって元の場所に戻って来たおじさんは女性と横並びに私を抱え歩きだした。おじさんのその女性を初めて見た印象はこうだった。完全にきれいなわけではないけれど、どこか誠実一筋に生きてきた辛苦のようなものが感じられてそこがそれはそれで一種陰りという魅力につながっている。歳は40代ではなかろうか。白い肌の透明感たるや並外れたところがある。化粧っ気はまったくない。完全にきれいな女性ってどういう容貌をしているのだろうと私は思いました。

 こうして二人と一匹の行脚は続いていきます。

「どちらにお住みなんですか?」

とおじさん。女性がそれに答えて、

「今丁度、海辺のホテルに滞在しております」

「ご家族さんと?」

「いえ、夫とは離婚したばかりです。子供は設けておりません」

「それはそれは立ち入ったことを。失礼しました」

続けておじさんが。

「わしはネコとの一人暮らしじゃ。ホテル滞在とはなにかしら後始末や心の整理でも?未練がないのが一番だけど」

「ふんぎりはこれ以上ないぐらいにしかと付けておりますわ、お父さん」女性はしばらく間をとって、

「なのにうつなんです。前夫とは関係ないところで。せいぜいしてるのですのに。それで何も手につかないのでとりあえずこの地へと」

「なんでしょうねえ」

「なんでしょうねえ」と異口同音。

 これやあれや話している内に二人と私は分かれ道のポイントにやって来ました。おじさん曰く、

「今日は不思議な巡り合わせじゃった。あなたのご多幸をお祈り申し上げます」

「今日は、私がこんな折にも関わらず、犠牲者を出してしまいまして。どうもほんとに申し訳ありませんでした」

「いやあ、すぐまた液体のように戻りますからな。ではさようなら」踵を返して歩き出すおじさんとは裏腹にその場に立ち尽くしている女性。もやが取れるのを期待している女性。その女性から、

「あ、お父さん、ちょっと待って」そうして彼女は自転車を押して近づいてきた。

「あのう、こんなこと、図々しいようで甘ったれと思われるかもしれませんが、ラインの交換してもらえませんか?」

渋っ面に戻っていたおじさんでありましたが、

「結構でしょう」

絆で深く結ばれた男同士の友愛、とばかりに自分が求めているのを始終私に聞かせていたのに、おじさんのネコの目のような変わりよう。あるいは私が嫉妬してるのかしらん。さては私の性別は女性かいな。それとも長い間おじさんと同伴していて女性化でもしてるのだろか。

 街中をおじさんのマンション目掛けて一緒に帰って行きます。それにしても今日のさんまは美味でした。おじさんが食べたサンドイッチもうまかったんだろなと思います。と、おじさんがマンション前で急に足を止めました。なんだか緊張感がおじさんの胸から伝わってきます。

「放蕩息子のご帰還か」

そのおじさんの言葉にはやれやれという諦観が基本として流るるも、どこか一旦落着といった安堵のような匂いが付されているように私には感じられました。3階のおじさんの世帯の前にあるコンクリの柵に左腕もたせかけて右腕上に上げてる30代ぐらいの男性がいました。


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