The Diary of Ka2104-2

連載小説「私の名前は舞」第7章 ー 石川勝敏・著 

 

第7章

 

 あちら行ったりこちらに来たりとおじさんはせわしなくリビングなる居室を歩き回っています。おじさんの頭は石川さんへの憂慮で一杯なのですが、何をどうしたら良いのか途方に暮れています。じれったくて仕方ないのですが、彼には何かすべきことがあるはずだと抽象的な観念にとらわれているのです。

 おじさんの足向きが急に大きな角度を描きました。彼は自宅マンションと車の鍵を掛けホルダーからかっさらうように取り上げると、私に何も言わず部屋から出ていってしまいました。世帯の鍵の掛け忘れでしょうか、玄関ドアからものすごい閉める音が鳴り響くのと彼の駆け足の音がほぼ同時でした。ここからのおじさんを追う場面展開は私が担います。

 車のエンジンをかけると共に車庫のシャッターがゆっくり上がっていきます。アクセルを踏むおじさん。ボンネットがまだ上がり切らないシャッターとこすれたかと思われました。おじさんは猛スピードでどこかへ向けて走らせていたところハンドルさばきで間一髪海に落ちそこねました。こんなときに前から逆走車が走ってきたのです。命からがらおじさんは駐車場へ区画の斜めに車を停めおおせました。そこの看板には「海辺の憩い・陽光」とありました。

 石川さん滞在の海辺のホテルへの階段を駆け足でのぼってゆく彼の隣を警察官が反対にゆっくりおりてゆきます。ロビーにもう一人いる警察官を尻目に彼はフロントへまっしぐらに走り込みました。受付のホテルマンに向かって、

「おい、石川さんの行方はどうなんだ?船は無事か?助け出されたか?」

「石川さんとはどちらの方でしょうか?」

「何ふざけたこと言っとる!てめいとこの客の石川さんじゃ」続けて、

「誰かロビーのテレビをケーブルに合わせてくれ!」

「わたくしどものロビーにはテレビは置いてございません」おじさんは胸を詰まらせ、ううっ、とむせびながら体をかがめました。

「石川さんは昼から沖のクルージングだろうに!」彼は反動で上体をそらせて訴えます。

「お客様、大変申し訳ありませんが、手前ではどこの誰か素性の知らぬ方に、こちらのお客様の個人情報は一切お譲りしておりません」

「何を言う。タレントとマスメディアでもあるまいし!石川さんはわしの友人じゃ!」

「そのように述べられる来訪者はいつでもあまたいらっしゃいまして、お客様に限ったことでは御座いません」堪忍袋の切れた彼はこうとまで言いました。

「わしは彼女の愛人じゃ!秘めたる仲なんで安否だけ教えてくれたらわしはすぐ帰る!これがわしの個人情報じゃ!」そこへ警察官からそのホテルマンに目配せがあり、少々失礼致します、と言うとホテルマンは警察官のいる方でなにやら静かに二言三言やりとりし合っていました。ホテルウーマンが、今しばしお待ち下さいと慇懃に彼に申し述べるやいなやホテルマンが戻ってきてネクタイを正しました。「警察の方から承諾を頂きました。お客様、お気を確かにお聴き下さいませ」おじさんは頷きました。

「そうとこなくちゃ」

「石川洋子さんは深夜に首を吊ってお亡くなりになりました。警察によると暫時の所見では自殺ということになります。今のところ事件性は見当たらないということで御座います」おじさんの意識は混濁していて、首吊り自殺という言葉以外は放逸して頭に入ってきていませんでした。それでもおじさんはホテルマンの前で何かをどうにか取り込もうとして口に出します。

「石川さん、あ、の、陽気な、石川さん、じ、さつ、首吊り・・・・」

 おじさんの首はだらっと垂れ現実と静かに格闘しています。その姿は石川さんの昨深夜の姿がこうだったろうことと相似し想像にかたくありませんでした。

「石川さんは昨夜遅く深夜12時を回った頃ルームサービスを電話で依頼されました。眠れないのでテキーラをお願いと。ご注文どおり部屋に伺って、呼び鈴を三度鳴らしましたが出てこられないのでその係りの者が内線を使ってこちらの受付から電話するようにとのことでしたので、今度は電話を三度鳴らしてみましたが一向に出られませんので、その係の者が鍵を開けて中に入りました。真っ暗でしたので照明を点けたところその石川さんの姿が浮かび上がったというわけです。すぐ救急と警察を呼びました。石川さんの体は病院経由でまもなく親族さんのところへ運ばれました。早かったですね。一連の法事が予定されていますが、親族さんや法事については他言が許されません。以上ですお客様、大丈夫ですか?」


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