第11最終章
エレベーターで一階のポストに郵便物を確認するため降りていたおじさんが戻ってきた。
「おおい、舞よ。今度の市展の書の部門にわしが出した書、≪風に鳴る木≫が佳作を取ったぞ。見るんじゃ、入賞だぞ」
とおじさんは大層ご満悦の顔で私を正座の膝に乗せハガキの裏面を私の顔の前に差し出した。
「左の欄、ほら見てご覧、落選、入選、入賞とあるじゃろ、その内の入賞に丸がついとる。入選じゃあない、それは展覧会場で飾られるだけじゃ。次は右の欄、何の賞を授けられたか人の手書きで載っておる、わしは佳作じゃよ舞よ、入賞しとるんじゃ、なになに、授賞式は11月5日だとな。うれしいのぉ、なまじ書をたしなんできただけじゃあないんだ。そうだっ。授賞式には何を着ていこうかのぉ、わしは書なもんでやっぱり和装か、それともめかし込んでタキシードかのう。お前を連れて行くぞ舞、今度は決して離れんのじゃぞ」私は猫なで声を矢継ぎ早に鳴らして称賛のファンファーレとしました。
待ちに待った11月5日がやって来ました。おじさんの装いは和服でもタキシードでもなく、単なるビジネス向けのダークスーツでした。彼はタクシーを呼び私と一緒に乗りました。ここはリムジンのつもりかしらんと私はおじさんのちぐはぐに乗せられ陽気になってきました。また気まずい事が起こらないといいのだけどと、そこは早々に心配事に変転しまいましたが。
「お次は書部門佳作の藤田謙吾さんです!藤田さん、前へどうぞ」と司会に促されたおじさんは立って空いた座席に私を座らせ壇上へとつかつか歩きました。
「この度こんな賞を頂きましたこと、誠に名誉なことと・・・頼子(よりこ)、頼子じゃないか、田代頼子!」会場がざわめきました。
「ありがとう御座いました」とさっそく挨拶を締め括ったおじさんは会場奥に立っている年配の女性の元へ直接近寄っていきました。
「新聞で知ったの」
「・・・・」
「この会館にはダイニングカフェがあるわ」
「ああ、行こう」
二人は四人がけのテーブルの片側の連結席に隣り合わせで座っています。私は一匹向かい側の一連に。
「なんでこんなことに」女性は淡々と口火を切りました。
「ああ、受賞した。暇だったものだから」
「私達の関係よ。事実婚をもじって事実離婚だなんて、どういう了見よ、私の立場この間考えてくれたことある?」
「蒸し返すのかい?君が悪い」
「それは登につれなく当たったわよ。事実離婚のあとよ」
女性は踏み込みました。
「お義父さま(おとうさま)が亡くなって相続金の大枚が入ってきてあとを追うようにお義母さま(おかあさま)も亡くなり、それであなた我々はどうしてこうなるの?」
「女を愛するのか男を愛するのかわからなくなってきたんだ」
「えっ」と女性は少し身を引くものの尚も続けます。
「籍を入れたままで婚姻解消ってどういう風の吹き回し?」
「俺にもわからないんだ。男が好きかもって思うと。ただ君を傷つけずに一人になりたかったんだ。生活費も送り続けている」
「55であなたもう働いてないわよ。なんで?この機会に洗いざらいしましょ。あんな立派な大学出て・・・・」
「俺は一流企業二社をまたいで気付いたんだ。なんだかボタンの掛け違いをしているってね。それで思い切って金田(かねでん)の労働者街に入り浸るようになる。日雇い労働で俺は毎日建設現場で汗水流してきた、爽快だった。そしてある時から工務店を立ち上げ働き手を入れて人様の家をつくり続けた、いつの日からか俺は下請けで建築家の設計図を基に尺を計算し数値と線を入れる図面の仕事をするまでになっていた、図面引くばかりだった。その頃お前と結婚した」女性は静観しおじさんは続けました。
「もううんざりしてきた。俺は何やってる、労働もせず、設計にも手が出ず、がんじがらめの心境で図面ばかりにらんでいたら、ほとほと疲れてきた、労働に戻るにももう体力が弱ってきているしな」
ここで女性がハイテンションで口挟んできました。「そこでお金も入ってきたし。でもなんで、なんで別れて暮らさなきゃならなかったの?あなたの男色?」
「お前はおかしな女だ。一旦離れてある意味良かったよ。なにか登とある度に、お父さんとこ行ってらっしゃい、と嫌味ばっかし言うわ、なにかにつけて登に絡むように当たり散らすわ」
「登はぐれてたわ。ちっともかわいくない」
「お前の嫌がらせが先だ。年頃の息子がかわいくないだけでぐれてるとは言わん」
「登にあなたを見ていたのよ!じゃあいいわ、もっとあるから言うわよ、私、登の飲むお茶にドラマよろしく睡眠薬1錠入れたのよ!でもあの子何食わぬ顔してるの!ドラマどおりいかないわ、あなたもね!もっと言うわ。睡眠薬は私が常用してたもの、だって眠れないんですもの!すべてはあなたにつながる、登につれないのもあの子経由でひいてはあなたをひきつけるため!だって私わからなかった、あなたが働かないのも私と離れるだなんてことも!今になっても釈然としません」
「お前は女を愛せるか?」
「女性と愛し合うだなんて気持ち悪い!私にはできません」
「俺は男と遊んだことがある。とても孤独な奴でな」
「あなた今男性と同棲してるの?」
「一人さ。孤独だよ。こいつとな」と言って顎を私の方に向けました。私は個人的にびっくりしました。私はオスなんだろか。
「私だってさびしい。もう元に戻りましょう」
「女には本当の孤独がわからん」
二人は、奥様が何歩か先に歩き、続いて私を右肩に乗せたおじさんが歩く格好で、2階から地上の広場までの広く拡大していく階段を降りだします。途中で奥様が歩を止め振り仰ぎます。
「ねえ。私たち恋愛だったわよねぇ」
おじさんはそれには答えず止まっている奥様の横を通り過ぎ先に地上に降り立ち二人の立ち位置は逆になりました。
おわり