第12章
そこは高層ホテルの最上階にあるバーだった。あると言ってもフロア全体が昔のキャバレーのようにひと区画ひと区画にカウンターごと分かれたバーの集積場だ。田崎の今のマンションオーナーであり、田崎にどこか斡旋してやれの振出人でもある立石の発案でなぐさみ会という飲みに3人田崎を中心にして年季のいったマスターを前にカウンター越し各々ストールに座っている。飲み代は交際費として経費で落ちるのでその点では田崎は安心していた。周囲のさんざめきがより一層3人を静謐で際立たせていた。立石の前にはウォッカベースのモスコミュールが足立の前にはラムベースのモヒートがそして田崎の前にはマスターお勧めのをテキーラベースでと自らそう注文したカクテルが置かれていて、田崎のが何なのかマスターは一切しゃべらず滑らすように彼の目前に差し出されたのだった。彼は今時寡黙でありそして仕事がさばけていた。最初に口火を切ったのは立石で曰く「こいつ田崎さんのことが気に入ってるんですよ」と足立を指した。「まあ、長い目でよろしくおたん申します」「営業トークですね」と田崎が切り返すのを尻目にこう続けた。「実は私の方が田崎さんを思おておるんですよ」これには足立も黙っていず「あっ汚ねぇ、社長ひとをだしに使ってる」どうやらこの二人は仲がいいらしいと見当は付くものの、話し出してる内容の趣意はどこにも見当たらなかったので、思わず足立の顔をうかがった。微笑みがあったがあった分それにどう返せば良いのか分からなかった。すると右に座っていた立石の左腕が田崎の背に伸びて置かれた。「お触り禁止ですよ」と足立。「いいじゃないか。男同士ってなもんだ、ねぇ田崎君」君付けに変わっていた。すかさず足立がむきになって「田崎君の君とは何だよ、失礼じゃないですかお客さんに向かって」と言うなり、田崎は今じゃ唯一残留している住民である田崎が出ていったあと何億という金が飛び交うと思うとぞっとしなくもなかった。足立が提案した。この頃にはマスターの手によりアルコールは皆一様にウィスキーのロックになっていた。
「田崎さんご自身にどちらが好きか決めてもらいましょうよ」そうこられても田崎の俎上に載せられるものといったら、足立さんが同年齢同学年で立石さんが60過ぎだと聞いていることぐらいだ。「おお」と立石が応じた。「どちらの名前にも[りつ]が付く。男は立つ。二方とも男じゃ。これほど似て非なるものはない。田崎さん、どちらを選ぶ?」まるで戦場に出された気分だと田崎は首を右に左に振り回した、すると背後の中央舞台でなにやら酔客たちがひとポーズで組になってある者は立ちある者は座し佇んでいる姿が目に止まった。よくよく見ると19世紀頃のカメラのレプリカか突出したレンズが付いた板の背後で黒幕を被った者が一人もさもさしていた。あっ、これだ、昔のカメラじゃ細部の写りが悪くみんなきれいに見える、そう見定めた田崎はこうぶち上げた。「私を中心にあなた方二人が左右両側にきます。これで撮影です。私と並んだ右側がお似合いかはたまた左側がお似合いか現像したらわかります。私たちの未来を科学に委ねましょう」
※次回第13章は最終章になります。