本日は、宗谷漁港界隈を探検します。
宗谷小学校 ウィキペディア
玄関の上部ガラスに、カラーセロハンで、ステンドグラス風の絵を描いたそうです。
(この記事は3か月で削除されます)
お~ 美しいです。
みんな頑張りましたね。
いつまでも残るので、良い思い出となります。
大きくなって見たら楽しいでしょうね。
稚内市発祥の地ですか。
北海道の開拓は、江戸時代の頃から始められたのですよね。
ごめんなさい。
人は入りましたが、開拓ではなかったですね。
開拓といえるのは明治になってからです。
おそらく、鍬とか鋸くらいだったのでしょう。
寒かったはず。 寒いなんてもんじゃない? 極寒ですか。
宗谷村だったんですね。
宗谷岬郵便局
日本最北端の郵便局です。
ウィキペディアには、1896年(明治29)1月26日に、大岬郵便局として開局されたと書かれていました。
昔、旅先の郵便局へ立ち寄り、記念にスタンプを押してもらったことがありました。
あれ、正式な名前は〝”景色印〟というんですね。
知りませんでした。
ちゃんと「日本最北端の郵便局」と書かれています。
郵便局を左に曲がると宗谷公園と書かれています。
どんな公園だろう?
到着です。
公園の隅に嚴島神社があります。
樺太へ渡る人たちは、ここに立ち寄り、旅の安全を祈ったようです。
樺太の大泊にも嚴島神社の分社があると書いてありました。
到着してからもお礼に参拝したのかな?
公園の奥に何かありますね。(。´・ω・)?
津軽藩兵詰合記念碑
コーヒー豆の形だったんです。
江戸時代末期。長崎で門前払いを受けたロシア使節レザノフが、帰りにノシャップ岬へ上陸し、この辺の調査をしたらしい。
北方警備の必要性を感じた幕府は警備兵を集結させる。
寒さに強い兵士ということで、津軽藩や会津藩など東北地方から集めたのだが本州の寒さとは大違い。
極寒と栄養不足で越冬時に多くの死者を出す。
コーヒーが体に良いとされていたようですが、当時としては、とても貴重で高価なものでした。
コーヒーを飲めずに亡くなっていった藩士たちのために、コーヒーの形をした碑をつくってあげたらしい。
この先は行き止まりなので港の方に戻ってみましょう。
ん (。´・ω・)?
港の前に、何やら建物がありますね。
〝宗谷漁業協同組合 くみあいストアー〟と書いてあります。
海鮮物を売っているお店のようです。
ネットショップですか。
美味しそうなものがたくさんありました。(´・ω・`)
見ていると・・・
ゴックン。(笑)
〝第1種漁港〟というのは「その利用範囲が地元の漁業を主とするもの」と書かれてあったので、近海での漁が主なものなのですね。
こーすけさんの動画を見ながら、今日は、ここまでです。
見てくださって、ありがとうございました。ペコ
今朝は冷え込みました。
朝、目が覚め、スッゴイ寒かったので、とうとうストーブを出しました。
(>_<)
ウォーキングコースの途中に温度計があるのですが、朝、7時半のころ、6℃でした。
影がだいぶ長くなってきましたね。
寒いのは嫌いなのですが、長い影は好きです。(笑)
これからインフルエンザや風邪の季節になりますね。
みなさん、注意してくださいね。
ご覧いただき、ありがとうございました。 ペコ