紫の落書き帳

唯、思った事を書き殴ってる丈の馬鹿馬鹿しいブログです。読者受けやアクセス数は全く意識してません。

はしだのりひことクライマックス『花嫁』(人様のようつべより)

2021-06-12 22:31:08 | 芸能・音楽
今朝のNHKラジオ第1の番組の、パール兄弟のサエキけんぞうのコーナーで掛かった『花嫁』。私が幼稚園児の時の歌です。迚も懐かしく、グッと来ました。
昔の歌はメロディーがシンプル且つストレートで、心に訴える物が有ります。

花嫁/はしだのりひことクライマックス

ボーカルの女の人の名前って何て言うのか知らなかったので検索してみたら、こんなサイトがヒットしました。
ボーカルは藤澤ミエさんと言って、其の母親は兵庫県美方郡浜坂町出身らしいです。
浜坂といえば、名車キハ58系の名列車『但馬』の終着駅‼️‼️
藤澤さんに取って、『花嫁』の、夜汽車の件の風景は山陰本線浜坂駅周辺の風景だったそうです‼️素晴らしい‼️‼️感動しました‼️‼️。・゜・(ノД`)・゜・。

《本文》
 「花嫁」が大ヒットした人気グループ「はしだのりひことクライマックス」のボーカル、藤澤ミエさん(京都府在住)のステージ衣装や紅白歌合戦出場の記念トロフィーなどが、新温泉町の浜坂先人記念館・以命亭で展示されている。いずれも寄贈品で、懐かしさを呼んでいる。


 同グループは、「ザ・フォーク・クルセダーズ」のメンバーだったはしださんを中心に4人で活動。昭和46年に北山修作詞の「花嫁」が大ヒットし、同年の第22回NHK紅白歌合戦に出場したものの、間もなく解散した。

 活動期間は短かったが、「花嫁」は70年代を代表するフォークソングとして歌い継がれている。

 藤澤さんの母親が同町(旧浜坂町)出身で、平成29年12月に本人から同町に「花嫁」関連の品々が贈られた。淡いブルーのステージ衣装は母親の手作りで、「花嫁」のレコードジャッケトの撮影時に着用していたという。

 寄贈の際、「当時、この歌(花嫁)を歌うたび、浜辺の町-浜坂の景色がまぶたに広がりました」と話し、歌詞の「花嫁は夜汽車にのって嫁いでゆくの あの人の写真を胸に海辺の街へ~」は藤澤さんにとって新温泉町の風景だった。

 寄贈品は、企画展「針のまち浜坂と懐かしのレコード展」で、18日まで展示されている。問い合わせは以命亭(0796・82・4490)。

ボーカルの人の話


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