6年2組、さしみ学級! 出席簿はヨレヨレです...

『下鎌田小学校6年2組卒業生のブログ』
6年2組の仲間、そして先生が、これからも元気よく過ごせることを祈って...

実現!田中サダ子先生観劇ツアー

2013年06月17日 13時38分24秒 | 日記

「私たちは演劇が好きだから、やっているのではありません。
  命の尊さ、平和の大切さを伝え続けたいから、演劇をやっているのです」

 公演後のインタビューで、観衆を前に、田中先生はおっしゃいました。

 

さしみ学級だったみなさん、

 こんにちは。

 マッサーの呼びかけで実現したこの観劇ツアーは、
マッサー、美人秘書、アンポ、そしてその息子けいとの4人で、
現地、南アルプスへと向かいました。

 田中先生は、すごかった!
周りの人間を本気にさせ、劇団を立ち上げ、
一人一人が伝えたいメッセージを劇に載せ、やり遂げてしまう。
演じた群読劇は、田中先生の脚本、演出でした。

 だんなさんも役者として出演しました。
写真では最も背のスラッとしたダンディな方です。

 下鎌田にいらっしゃったときから(実はその前から)、
この想いを持ち続けて、発信し、行動してきたんだと思う。

 田中先生と接したのは私たちが小学1、2年生だった2年間。
音楽会、運動会、学芸会がありました。
うまくいくまで練習し、それをリードしまとめていたのは田中先生、
と子ども心に感じてた。その存在感は・・・絶大でした。

 公演当日、私たちは先生にアルバムなど、思い思いのものをプレゼント。
差し上げたアルバムには、田中先生が私たちの卒業アルバムに寄せてくれた言葉を載せました。
この記事の下にあります。愛情深いです。

 つかさんこと「塚島先生」も観劇にいらっしゃいました。
公演前日、田中先生と塚島先生も40年ぶりに再会。塚島先生の観劇が実現したそうです。
塚島先生は、その時、5、6年3組の担任でした。
名ばかり幹事長しかちゃんのお姉さんがそのクラスにいたんだよね。
僕と美人秘書の兄貴は1組の藤原学級でした。

 小学3年のうちの息子も参加。
ちょうどこのくらいの時、田中先生は下鎌田小学校を去っていきました。
3世代が一緒になった感じでした。

 田中先生が私たちの先生で、同じ時間を下鎌田で過ごしたことを光栄に感じた。
下鎌田には、そんな先生が溢れていたと思う。

 40年経っての再会、マッサーと美人秘書が花束を渡すところは、グッと来ました・・・。

 当日の模様は、このブログの上にある「フォトアルバム」からどうぞ!

 

アンポ

 

 『もっともっと大きくなって』

             田中サダ子

「先生 二十日大根がこんなに大きくなったよ。
                もう食べられるかな。」

そう言って体育館の陰からかけて来たあの日。
『おしゃれとんぼ』の道具を大さわぎして作ったあの日。
暑い日ざしの中、運動会の練習に田中先生の
がなり立てる声が耳にキンキン響いたあの日。
月日の経つのは本当に早いもの。
幼かったみんなが、卒業生として
下鎌田小学校を巣立っていく。
おめでとう。ほんとに、おめでとう。
いよいよ、ピッカピカの中学生。自分だけの夢を持って、
未来に向ってまっしぐらに進んでいってください。 
先生をぐんと、追いぬいて立派な人になってくれることを
遠い島根の地から祈っています。

(1979年3月発行 下鎌田小学校卒業アルバムより)