かつてはこの辺も水害の町だった

　ぼくの住む地区にある川は、数十年前までしょっちゅう氾濫していた。だけど今は度重なる護岸工事のおかげで、多少雨が降ったくらいではビクともしなくなっている。おかげでこの間の集中豪雨でも、川が氾濫することはなかった。

　考えてみると、数十年前までは工場排水などで魚が住めないほど汚い川だった。そういう川が氾濫していたのだ。しかもあの当時、この辺のトイレはすべて汲み取り式だった。氾濫した水はその隙間にも侵入し、中身を押し流していたはずだ。そんなこんなが混ざった水の中を、子供だったぼくたちは、裸足でペチャペチャ歩いていたわけだ。

　家に帰ってから、そのまま上がろうとする。すると母が、
「ちゃんと足を洗ってから上がりなさい」と言う。
　水の中を歩いていただけだから、見た目はきれいだ。別に泥がついているわけでもないし、何で母がそんなことを言うのか、当時のぼくにはわからなかった。