強い風を受けたからか、刹那に浮かんだその感覚。私はそれを逃さずに”自分の胸のまん中”に採り込んだ。
そして、とっさにヒカルの腕を掴み、強く地面を蹴り出す。
「あっ」と、不意を突かれたヒカルが声を出すのと同時に、私たちの身体がふわっと浮かんだ。
そして、周りの景色が高速で過ぎ去っていく。
私たちは空中を飛んでいた。春の野原を吹き抜ける一陣の風のように。
「驚いた、イナダくん、もう自由に意識を拡張できるのね・・・!」
「うん・・・!よくわからないけど、なんとなく!」
私はさっきまで、リンとクッキーと手をつなぎながら体験した、空中移動の”お化けモード”のイメージが残っていたからかもしれない。
不思議と自然に飛べる気がした。そして、今は自分の身体の隅々にまで、圧倒的な開放感が漲っている。
前方に見える街が、どんどん近づいてくる。
—もう少し高く飛ぼう。
「ヒカル、いい?」私は指で上の方を差してヒカルに言うと、ヒカルも親指を立てて答えた。
意識を上に向けると、それまですぐ眼下を高速で流れていた地面の草葉の残影が、ぐんぐん遠ざかっていく。ヒカルが少し腕に力を入れるのが判った。
空は少しだけ夕焼け色に染められ始めていた。心なしか太陽が現実世界よりも近い。少しずつ地平に沈みゆく太陽が街の影を伸ばしていた。
街を上から見渡すと、想像以上に広い雑然とした都市の街並が地平線の先まで広がっているのが判った。人々の意識が構築した夢の世界。この広大な街のどこかに、アサダさんがいる。
私たちは、一つ大きな川を越え、いよいよ街の外れに到達した。
眼下に人やクルマ、電車の動く姿が見えた。一見すると、普通の現実世界の街並と変わらない。
でも、あきらかに見たことのないようなクルマ?だったり、ちょっとヘンテコな趣味の悪そうな形の家や、やたらと古びて朽ちた家がが建ち並ぶ一角など、何というか、辻褄の合わない部分がいくつか散見された。
—あっちの方だ。
私はなんとなく気になる街の一角に向かった。ヒカルにも私のその感覚が同じように伝わっているようだ。空中を飛ぶ私たちには不思議な一体感があった。
そして、ふと目に入った小ぶりな公園をめがけて飛び、徐々に高度と速度を下げる。
ふわりと空中で着地に向けて足を下に伸ばした体勢をとり、私とヒカルは腕を離し、それぞれのタイミングで公園のすぐ横の歩道へと降り立った。
うん。ソフトな完璧な着地。
そんな私たちの様子には誰も気づかないように、周りには無表情な大人が前ばかり向いてポクポクと歩いている。
何となく興味にそそられ、私はそのうちの一人に話しかけてみようと近づいた。
「イナダくん、だめ!」ヒカルはとっさに声をだしてそれを制す。
私は反射的に身体を硬直させて踏みとどまり、ヒカルに向き直って聞いた。「あ、ごめん、だめだった?」
「干渉すると、その人の意識に引かれるから、今はやめたほうがいい」
「意識に引かれる?」
「そう。ここに居る人たちは、わかりやすくいうと、それぞれ夢の中でさまよっている状態の人たち。その人の意識が安定しているとは限らないから、突拍子もない悪夢に巻き込まれてしまう可能性もある」
「悪夢・・・、例えば・・・?」
「・・・うーん、そうね、急に巨大な岩が転がってきて追われるとか」
「それって、昔の冒険映画の見過ぎでみちゃうような夢じゃない・・」あはは、と笑った私の笑い声は、公園の周りのマンションのような建物と建物の間に反響して思いのほか響いて、慌てて口を両手で押さえた。
「例えばだってば」ヒカルはすこし馬鹿にされたと思ったのか、ちょとむっとしてる。
「ごめんごめん、まあ、とにかく、今はそんなことに巻き込まれたらまずいね」
「そう。ここでは人の意識の揺らぎで何が起こっても不思議じゃない世界。その人の意識に触れて自分が同調してしまうと、一気に引き込まれるわ。これだけは覚えておいて」
注意を促すヒカルの目は冷静沈着なそれに戻っていた。
「わ、わかった」
確かに、突然砂漠が現れたり、巨大岩石が現れたりと、きっと何でもありの世界に違いない。自分の意識をしっかりと保つことが大事なのだ。
私はそう言い聞かせて、頷いた。
・・・つづく
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