
電話の向こうのヒカルとの間に、緊張からくる沈黙が流れた。
「・・・アサダさんが、目覚めるために、俺はどうしたらいいの・・・」
祈るような気持ちで言葉を絞り出す。
「・・・今から、あなたにはアサダさんの夢の中へ入ってもらう」
ヒカルの声は少しだけ掠れていた。
私は思わず聞き返した。
「夢の中に?」
「そう。正確には夢を通じてアクセスできる、アサダさんの意識が彷徨っている、異次元の世界へ」
異次元の世界。
またもやこの現実世界ではない、得体の知れない世界の話だ・・・。
「異次元の世界へ。・・・って、どうやって?」
「はーい。私が送り届けてあげる」
横で会話を聞いていたリンが手を上げてあっけらかんと朗らかに言う。
そうか、リンは異次元の世界で生きていたんだったっけ?
顔を向けてリンの顔を見ると、それでも表情には少しの緊張感が見て取れる。
リンなりに、この場の空気をほぐそうと気遣っていてくれているんだな。
目が慣れてきたのか、薄暗い部屋の様子も同時に少しずつ見て取れた。
余計なものがなく綺麗に片付けられた寝室。ものが少ない分、飾り気はないといっていい。
部屋には大きめのクローゼットの扉が見える。自分の部屋と違い、上着や帽子、カバンなんかが雑然とひっかけられた洋服掛けなども見えない。
電話の向こうのヒカルは続けた。
「リンちゃんの次元移行で、さっきまで現実世界と重なる1つ上の異次元世界を移動してきたわね?」
「うん」・・・お化けモードのことだ。
「そこからさらに、もう少し振動数を上げた世界に移行する」
「しんどうすう・・・?ごめん、もう判らないよ・・・」
私には残念ながら、この手の話はまだ一向に判らない。そのことはヒカルも知っていた。
「とにかく、リンちゃんに任せて。手をつないで目を瞑っていればいいわ」
「また?手を離したらだめなやつ?」
次元移行の際に私はリンと手をつないでなければ、身体がバラバラになるかもしれないと脅されていた。
そんな状態がまたつづくのはあまりに不安だ・・・。
「リンちゃんにアサダさんの夢の世界に送ってもらうまではね。ただ、そこに辿り着いたら、リンちゃんはいないし、イナダくんはそこで一人で自由に動ける」
「え!?一人で自由にって、俺一人だけになるの!?」
聞いた私は、もっと不安になった。
「大丈夫。その代わりに私がいるから」
「ヒカルが?・・・大丈夫なの?その・・・なんか、体調が悪そうだけどさ・・・」
私は、ヒカルがそもそも現実世界から姿を消して、電話の向こうの声もどんどん弱っていくような気がしてならず、すごく心配だった。
「私は今少し弱っているけど、リンちゃんにエネルギーをわけてもらう。その代わり、リンちゃんはお休み。つまり、あなたのお守りのバトンタッチね」
「・・・お守りって」
「それに、今からいく世界はヒカルちゃんじゃないとだめなんだ」 リンも重ねて言う。
「もう何だかよく判らないけど、とにかく俺はそこで、ヒカルと会えるんだね」
「そう。さあ、はやく、時間がないわ」
そのヒカルの声の語尾に大きなノイズが入ったと思った瞬間、再び余震が襲った。
グラッとした感覚が突如やってきて、マンションの壁のきしみがキイキイと聞こえる。
「わっ」
揺れは数十秒は続いている。本当にこの世そのものが軋んでいるかのような錯覚を覚える。
「わ、わかった・・・!とにかく急ぐよ。リンちゃん、お願い!」
私は早速リンに差し伸べた。
「ね、靴履いておいてよかったでしょ?」
リンは私の手を取るなりそう言った。
「じゃあ、いくよ」
リンはそう言うと再び息を大きく吸い、そして長く吐いた。
そして、青白い光がリンの身体を包み始めた。
その青い光が、私の腕を伝って広がり始めたとき、不意に気がついた。今、リンに言わなければならない言葉を。
「リンちゃん!ここまでありがとうね。クッキーも。会えてよかった、本当に!」
「ワン!」クッキーはこちらを見ながら元気よく吼えて尻尾をフリフリした。
光を放ちながら目を開けたリンとも、私は目があった。
「うん。トモヤ、あたしはトモヤとあえてラッキーだったよ。お父さんにも会えた。本当に、本当にありがとう。あたしはしあわせものだよ」
10年以上も前、この現実世界に生まれ出る事もなく交通事故に遭い、母親と共に命を無くしてしまったリンは、そう言った。
ずうっと、ずうっと、別の世界で父親の姿をただ観ながら、声も掛けることさえできず、その手の温もりを知ることもなかったリン。
それでも、リンは成長していた。唯一の親子の絆である、自分の名前を頼りに、少しずつ。
私は思わず、リンとつないだ手を強く握りしめた。
それに気づいたのか、リンは笑顔で言った。
「夢の世界ではあたしはいないけど、観てるからね。頑張って、トモヤなら大丈夫」
「うん」わたしは力強く頷き、応えた。
気がつくと、青白い光が私とリンとクッキー、そして、横で眠るアサダさんのベッドごと、皆の全身を包み込んでいた。
ブーンという音が次第にキイーンという高周波の音になり、どんどん高まっていく。
あるところを超えて、自分の耳には聞き取れなくなった時、全ての音がかき消えて光に包まれた。私は慌てて目を瞑った。
賦のそこから浮かび上がるような不思議な感覚。
そこで、わたしの意識はひとたび途切れた。
・・・つづく。
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