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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 11

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 ようやくカヲリは泣き止み、ケンから渡されたハンカチで頬の涙をぬぐう。

 白崎ゆりは、優しい微笑みを湛えたまま言った。

「カヲリちゃんは、やっぱりお父さんに似てるわね」

 涙をふきながら、白崎ゆりの瞳を見るカヲリ。

「自分から多くは語らないけど、何か心に秘めている感じ。ああ、そうね。そんな芯の強そうなところに、ケンくんは惹かれているのかしら?」

 そう言われたケンは、不意を突かれて大いに慌てた。

「えっ!そ、そんな、何をいってるんですか、えっと・・・」

「ふふふ!ゆりでいいわよ」

 ケンのその様子がおかしくて白崎ゆりは笑った。

「ゆ、ゆりさん、僕はそんなつもりは・・・」

 顔を赤らめてうろたえるケンに、ゆりは言った。

「あら、それ以上、今は何もいわない方が良いと思うなあ。まあ、いつか、あなたは私に感謝する時がくるかもねっ!」

 いつかどこかで、マルコが言ったようなことを、ゆりも言った。

 実際に、ケンはそれ以上は何も言えなくなったのであった。

 そして、どわっはっはと博士が豪快に笑う。

 

「ごめんごめん!若い2人を見てると、ついからかっちゃいたくなるのよ・・・ふふふ」

 目を三日月型に細めて笑うゆりに誘われるように、カヲリも笑った。

「さて、話の続きね・・・」

 

 ゆりは再び話を戻した。

 そのカヲリの父親である比奈田秋夫をAI開発メンバーに加えたいと、ゆりが言い出したあたりから何やら不穏な動きが組織内で目につくようになったという。

 ゆりには誰がどうしたのかわからないが、レオナルド・トーマス博士とゆりの関係を疎ましく思った誰かが、匿名のメッセージを博士に送ってゆりに対する信頼を挫こうとしたり、今思えば、あからさまな悪意によって研究に様々な邪魔が入った。

 極めつけは、レオナルド・トーマス博士の死。

 「ノア」の発起人であり、その良心であった彼の死は、「ノア」の中枢にいる少数のメンバーの中に、少なからず力のバランスを生み出すことになった。

 ゆりは、当時からそのレオナルド・トーマス博士の死を不審に思っていた。確かに高齢であった、ゆりの知る限り、博士はまだまだ元気な老人であり健康そのものだった。今となってはもう確信をしている。博士はその何者かに命を奪われたのだ。

 そして、結局ゆりは中枢委員会のメンバーでありながら、ノアのマザーAIの開発から外されてしまう流れになった。

 それに抗うようにしたものの、徐々にゆりは身の危険を感じることになったのだ。誰なのかは、やはり判らないまま、それでも、確実に悪意が自分の身のまわりに迫っている危機を感じた。

 やがて、命を狙うという脅迫メッセージが毎日、1時間毎にきっちりと送られてくる事への恐怖に、ゆりは屈した。

 ゆりは昔から懇意にしてもらっていた柊博士に助けを求めるメッセージを送ると、その博士もまた、時を同じくして、同じような悪意の手が迫っていることを聴かされた。

 博士は旧世界で当たり前のように食されていた加工品やそこに使用されていた農薬類や化学的な保存料などにかねてより警鐘を鳴らしていた人物として、宇宙災害の真相に迫りつつあった。

 ゆりと博士の中で、点と点が線で結ばれた。

 誰かが、この世界を、人々の命の尊厳を奪い取ろうとしている。

 恐ろしく身勝手な理由によって。それは何か、よく判らない。でも、人の人口を減らして、その暮らしを管理して、鳥かごの中に閉じ込めてしまおうという意図。

 この悪意は、つながりをもって動いている何かの企み。誰かの人為にる大きな大きな陰謀。あまりにも陰湿なそれは、自分たちの心に決して相容れないもの。

 この世界を、そんな悪意が覆いつくそうとしている。

 ゆりと博士は互いの協力を約束した。ともに、信頼できる仲間となった。

 そして、カヲリの父。比奈田秋夫も事の経緯を知って、ゆりと博士をバックアップをすることになった。

 

「私たちだって、ただ逃げるようなことはしたくなかった」

 

 そう言うゆりの優しい眼差しの奥に、カヲリは強くて鋭い輝きを見た。

 ケンは、自分が所属していた組織「ノア」に対して抱いた疑念が確信となり、今や、その核心に迫るゆりの話に思わずのめり込み、身を乗り出して聞いていた。

 

「私たちは、その悪意に対して、善意という抵抗の種をまいたの」

 ゆりは静かに言う。博士も隣で黙って目を瞑っている。

 

「善意という抵抗の種・・・」

 繰り返したカヲリの言葉にうなずき、ゆりは言った。

 

「そう。その種が育って、今こうして私の目の前に現れた」

 ゆりは、窓の外を見ながら言った。

 カヲリとケンは、そのゆりの目線の先に、一生懸命人に交ざって雪かきをするマルコの姿を観た。

 そして、ゆりは優しい眼差しを外の日の光の眩しさにさらに細めるようにしていった。

 

「そう・・・愛のAI」

 

 

・・・つづく。

 


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主題歌 『Quiet World』/ うたのほし

作詞・作曲 : shishy  唄:はな

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