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ここは、小さな公園にある小山の遊具の、小さなトンネルの中。スマートフォンの明かりに照らされた、小さなアサダさんも、ヒカルも、私をぽかんと見ている。
さっきまで目の前にいたおばあちゃんの姿も無ければ、ダイニングテーブルもハーブティーもない。
おばあちゃんと色々と話をしていたあの時間は、こっちの世界ではたた3秒ほども経っていないのかもしれない。
私だけの意識が、別の世界へと飛んでいたのか、小さなアサダさんとヒカルにしたら、私はずっとここに居たままなのだろう。
けれども、そんな私の耳には、優しいまなざしで話していたおばあちゃんの声の響きが、まだはっきりと残っていた。
『未来を作れるのは、今生きているあなた達だけ』
その言葉がこだまのようにもう一度聞こえたような気がした時、様子のおかしな私を見る、小さなアサダさんの瞳と目があった。
ーああ、そうか・・・。
不意に私の頭に、漠然とした理解が降ってきた。
今、私の目の前にいる小さなアサダさんは、現在のアサダさんが大人に成長していく中で、向き合うことを避けるように、心に蓋をするようにして過去にとり残してしまった、孤独と不安の意識。アサダさんが無意識の内に忘れようとした自分自身の記憶が、こうやって行き場のない、迷いの世界に取り残される形となっているのだ。
時間のない意識の世界で、永遠のように繰り返される、悪夢のような迷いのループ。
置き去りにされるようにして、表面上は忘れ去られてしまった過去の自分の意識が、心の奥深くに居てずっと助けを待っている・・・。
人はそれを、トラウマと呼び片付けているのかもしれない。
でも、本当は、過去の孤独な世界に置き去りにされ、こんなに小さな姿で一人必死に堪えている過去の自分自身がいるなんで、誰も思いもしないだろう。
私は不思議な巡りの旅を続ける中で、こうやって今この子に出会った。
そんな自分が、今何を思い、何を言うべきか、はっきりと分かった。
「ごめんね、急に変な声出して、びっくりさせちゃったかな・・・ははは」私は照れ笑いをして頭をポリポリと掻き、続けた。
「・・・お父さんとお母さんは、きっと見てるよ。ミキちゃんのこと。でも、やっぱり、今はそんなこと、わからないよな・・・」
「・・・」小さなアサダさんは、黙ったまま下を向いて、小さくうなずいた。
「それに、どうやっても帰れないのが、やっぱり不安だよね」
「うん」ようやく、かすれた小さな声が聞こえてくる。
ヒカルはそんな私たちの様子を、横で静かに見つめている。
「また一人になっちゃうんじゃないかって、怖いよね」
「・・・」小さな手が私のシャツの裾のはしっこを少し遠慮がちに掴んだのがわかった。
「あはは、大丈夫。俺はどこにも行かないよ」その小さな手を包むように少し力を込めて握り返す。
「今もまだお家に帰れないでいるけど、もう、それならさ、一緒に思いっきり迷っちゃっおう!」
再び揺れた小さな瞳が、私の顔を覗き込む。
「・・・一緒に?」
ずっと待っていたのかもしれない。いつも最後はたった一人取り残され、全ての明かりが消えていってしまうこの街で。
「うん。ずっと一緒にいよう!」
その言葉を、小さなアサダさんの瞳の奥の方まで、確かに届けたくて、安心してもらいたくて、しっかりと目を見つめながら言った。
強い風をうけて乱れる湖面のように揺れていた小さなアサダさんの瞳が、穏やかなきらめきを取り戻していた。
それを聞いていたヒカルが、ぽつりとつぶやくように言う。
「まるで、プロポーズの言葉みたい」
私はその言葉に不意をつかれたように、目の前にいる小さなアサダさんの姿に、自分の憧れの上司である現在の大人のアサダさんの姿が重なり垣間見えた気がして、大いに頭が混乱した。
そして、急に沸き起こった照れくささと恥ずかしさで赤面する自分の顔を隠すように、両手で頬を抑えながら、とても間抜けな声が出た。
「え!?いや、あの、その・・・へぇっ!?」
「・・・ふふふ!」
ヒカルは思わず吹き出して笑った。
よほど私の姿と声が可笑しかったのか、それにつられるようにして小さなアサダさんも私を指差しながら笑い出した。
小さなアサダさんの笑い声と、私の慌てる声やそれをからかうヒカルの声が入り混じった”団らん”の影が、小さなトンネルから漏れ出る光に映って揺れていた。
私たちはこの時まだ気がついていなかった。
私たち3人の光と影が漏れ出る小さな公園のまわりに、街の光が戻っていたことを。
その街の通りを、心配そうにミキちゃんの名前を呼びながら、「娘」として迎え入れようと決めた親戚の遺した小さな女の子を探し歩く、叔父と叔母の姿が近づいていることを。
小さなアサダさんの屈託のない笑い声が、私の談笑が、まわりの街の通りにもささやかに響きわたっていた。
やがて叔父と叔母のもとにもそれは届くだろう。
街の家々の明かりも、今はどこか優しく微笑んでいるように見える。
夜空に瞬くたくさんの星々が、それを静かに上から見つめてくれていた。
・・・つづく
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