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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 20

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


一つ前の話を読む


 

 ケンが手紙で伝えてきた9月16日の昼過ぎ。カヲリは自宅の近くにある神社に来て、いつものように防護服を身にまといながら境内の掃除をしていた。

 掃除と言っても、人が圧倒的に少なくなった今、境内にゴミを捨てて帰るような不敬な人間もいない。鳥居からまっすぐ伸びる本殿までの道を隠さんばかりに伸びきった雑草を刈って綺麗にするくらいのことだ。

 昔、母親からはこの道のまん中は神様が通ると教わった。だから人はまん中を避けて歩くのだよと。

 それが頭にあって、境内の参道だけは綺麗にしておこうと思って始めたことだった。

 しかし、不思議とここは自然のエネルギーを強く感じる。草の伸びも早く思える。神主さんもいなくなって久しいが、この境内の大きな銀杏の木が、いつも悠然と自分を見下ろしているようにも感じて、それがとてもカヲリは好きだった。

 掃除を済ませて本殿の前で手を合わせた。

 カヲリはいつもよりも長い時間、手を合わせながら目を瞑っていた。

 そう、これからコロニーへと向かう。

 そこで、ケンが待っている。

 貰った手紙を読んだときは正直驚いたが、カヲリの気持ちはほどなく決まった。

 父に会えるかもしれない。その可能性が自分の目の前に転がり込んできた今、この孤独で静かさに満ちた暮らしから少しだけ飛び出してみることに、何を躊躇するのか。

 決していつまでもしがみ付いていたいような暮らしぶりでもない。

 頑なにコロニーへと移住することを拒み続けた自分は、今まで何を求めていたのか?

 その答えを探すまでも無く、今の暮らしに慣れきって、何もしないということが、とても勿体ないことに感じられたのだった。

 それに、ケンが手紙に描いていた事が全て事実だとしたら、この世界は圧倒的に不条理な作為によって歪められている。今いる場所から少し離れてみて、改めてこの世界の真相に触れてみたいという気持ちも少なからず湧き起こっていた。

 精神病棟に収監されたケンの友人の話も少し書かれていたが、その人の絶望的な思いを推して知るといたたまれなくなる。

 何かしないではいられない気持ちにもなった。

 怖さを感じたが、意外にもその事が自分の気持ちを強く前に後押ししてくれたようにも思う。

 父に会うこと。真実に近づくこと。その後に、自分に一体何ができるか、まだわからない。

 でも、動けずに悔しい思いをしているその人の代わりに、動ける自分が、今こそ動くべき時なのだという思いが胸から沸き上がった。

 何故か、涙がこみ上げてきた。

 今まだ、自分が生きていられることの不思議を思い、手を合わせながら思わず感謝の気持ちに満たされ、思わず「ありがとうございます」という言葉が口から漏れ出た。

 そして、目を開け、カヲリは境内を後にした。

 今から、ケンが待つコロニーへと向かう。

 ひょっとしたら、しばらくの間ここには来れないかも知れない。

 そう思いながら、バイクにまたがり走り出す。

 

・・・つづく


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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