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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 19

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


一つ前の話を読む


 

 2週間ほど前、ケンはトオルの奥さんに許可を得て、重度の精神病患者として地下最下層のセクション46に収監されたトオルとの面会を申し入れていた。

 施設側からようやく許可が降りたのはつい3日前だ。

 その日、窓ガラス越しではあったが収監されて以来見ることがなかったトオルの姿を直接目にした。

 憔悴して痩せていた。しかし、それ以上に、虚ろなトオルの目にショックを受けた。とても自分が知るトオルではなかった。それどころか、人間としての意識や知性の発露がその姿からは微塵も感じられないくらい、呆然とした様子だった。

 恐らく、人としての思考や感情の動きを奪う程の、強力な精神安定剤と称された薬剤を投与されているのかも知れない。

 その姿を目の前に、しばらく何の言葉も発せずにいた。下を向いて座るトオルが、ようやくこちらに気がついて顔を上げ、虚ろな眼を向けるまでは。 

「トオル、気分はどうだい?」

 ケンの呼びかけに、微かな反応を見せて顔を上下させたトオル。

「・・・ケンか。久しぶり・・だな」

 言葉も随分とたどたどしい。

 娘さんは変わらず自己免疫疾患の療養中であるが、状態は安定しているということを奥さんから聞いていたので、その話を皮切りに、2つ、3つ、ノアの仕事先の仲間の話や、他愛もない世間話のようなことを一方的にしゃべった。

 その間、トオルの反応は終始薄く、虚ろな目を下に向けたままだった。

 しかし、ケンが『静寂なる世界』のWebサイトの掲示板状の会話でそうしているように隠語を用いて話し出したとき、トオルの目が明らかに光を取り戻すのを感じた。

 当然、ここでの会話内容もAIにモニターされている筈だ。直接伝わる言語で『Quiet World』についての会話はリスクが高すぎる。隠語であれば、恐らくAIであってもその会話の内容を判別することが難しいに違いない。

 ケンは不安も覚えながらも、自分がこれから『Quiet World』に行くことや、その場所がある程度わかったものの、具体的な所在地がまだ判らずにいる事を暗に伝えた。

 その間、トオルは黙ったまま、しかし呆然とする頭の霧を振り払うかのように目を見開いて、ケンを見ていた。

 要件を話し終えたケンと、トオルの間に、しばし沈黙が流れた。

 何も返事は得られないと諦めかけた時、突如、トオルは立ち上がり、錯乱した様子で言葉を発した。

 「・・・ケン!俺は恐ろしい妄想に取り憑かれてここにいる・・・!俺の妄想を消し去るために、俺のPCのデータを丸ごと消してくれないか・・・!お前にしか頼めないんだ!頼む、跡形もなく消してくれ、プライベートフォルダの中にあるデータ全部だ!あってはならない場所の事もそこにある!頼むからそれらを全部消してくれ!俺をこの妄想の世界から救い出してくれ!」

 そのあまりの乱れた様子に言葉を失っていると、すぐさまトオルの後ろにあった扉が開いて拘束ロボットが部屋に押しかけてきて、トオルを体を拘束した。

 そして、面会を強制終了するように、拘束したトオルを部屋から連れだそうとしたその時、トオルは最後のひと言をケンに向かって小さな声で、しかし、鋭い声で聞こえるように言った。

 「俺のハンドルネームでひらく」

 その言葉で全てを悟ったケンは、誰もいなくなった面会室を急いで出る。

 そして、早速TVフォンでトオルの奥さんに許可を得て、トオルの家を訪れた。

 奥さんへはトオルがケンに話したそのままの内容を説明し、トオルのPCの場所を教えて貰うと、電源を入れてPCを立ち上げた。

 パスワードの入力を求められるとケンは迷わず「tom」と入れる。

 そして、プライベートフォルダへアクセスすることができたケンは、旧型のハードメモリーをPCに接続して、そのフォルダを丸ごとコピーした。

 ネットワークを介したら確実にノアのAIに知られることになるからそれはできない。

 今は旧世界の産物となったハードメモリーに確実にコピーできたことを確認してから、そのプライベートフォルダをPCから消去した。

 そのフォルダを後に自宅で確認すると、そこには膨大なテキストのメモや自己免疫疾患についてのサイトのコピーなどが整理されて格納されていた。『Quiet World』の名前の地図らしきデータもあった。

 それと、やはりトオルのセクション46への収監は、『Quiet World』が関係していた事が、自分の中ではっきりした。

 ノアの上層部になぜここまでタブー視されているのかという疑問と同時に、どんな手段を使ってもそれらの情報を統制し、場合によっては危険因子と感じた人物を精神障害や病気という事実を捏造して拘束することまでできてしまう恐ろしさを感じた。

 下手をすれば、自分も二の舞だという恐怖。 

 カヲリを巻き込んでしまうからには、完璧に準備しなくてはならない。

 トオルが錯乱した様子を演じ、その身を挺してまで自分に情報を託してくれたことに感謝をした。そして、『Quiet World』に行くからには、トオルの娘さんの自己免疫疾患を解決するヒントを何としてでも無事に持ち帰ってトオルに伝えなければと思った。

 そしてケンは残りの2日間でコロニーを出てからの行程を完璧にシミュレートした。

 あとは、カヲリが来てくれるのを待つだけだ。

 

・・・つづく


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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