私は小さなアサダさんにやさしく問いかけた。「いつも一人ぼっちになっちゃうの・・・?」
小さなアサダさんはこくりとうなずくと、私とヒカルに向かって、今まで誰にも言えなかったことを一気にしゃべるかのように教えてくれた。
お友達と一緒に公園で遊んでいるうちは楽しくて、おじさんとおばさんのお家に帰りたくないと思っていても、時間が経つとお友達が一人ずつ家に帰ってしまい、気がつけばいつも最後一人ぼっちになる小さなアサダさん。急に不安になって帰ろうとすると、必ず道や街がおかしくなって、帰り方もわからなくなってしまいさまよい続けるという。そして、街は真っ暗になって、その先はよく覚えてないけど、気づくとまた公園でお友達と遊んでいる・・・。
どうやら、この小さなアサダさんは、迷い子の不安の中にずっと囚われ続けているようだ。何度も観る悪夢のように、同じシーンが繰り返され続けている。
ヒカルは私の耳元で小さくささやいた。
「・・・トラウマ。幼少期の強い不安が、大人として成長した今の人間の、心のずっと奥の方で、その人の心を縛り続けていることは、よくあることよ・・・」
なんということだ。夢の世界とはいえ、こんな小さな女の子が、永遠とも思える不安と苦しみの中でさまよっているだなんて。なんてかわいそうなんだろう。その思いが心に生まれると同時に、私は小さなアサダさんの小さな小さな手をとって、そっと両手で包み込んで言った。「大丈夫、今は、一人ぼっちじゃないからね」
ヒカルも直ぐ側に腰を落として、日が暮れなずむ薄暗い公園に3人の長い影がひとつになった。
白く怯えた様子の小さなアサダさんの顔に、少しだけ安堵の色が指したように見える。
「俺たち、ミキちゃんのお家をいっしょに探してあげる!」
いつもとちがい、一人ぼっちではない。知らない人たちに声をかけられた小さなアサダさんの戸惑いは、わずかながら安堵へと変わりつつあるようだ。小さな声で「うん」と言うと、少し笑顔が見えた。それは、上司であるアサダさんが、部下である私から思いがけずかけられた励ましの言葉に見せる、”油断した”笑顔と重なって見えた。
「よーし、そうと決めたら、早速出発だ!」私は小さなアサダさんと手をつなぎ、ヒカルと一緒に公園の出入り口へと向かった。視線の先には、不気味なほどに静まり返った、薄暗い街並みが広がっている。小さなアサダさんは、その手にギュッと力を入れて私の手を強く握った。おそらく、また自分ひとりになるのではないかという不安が拭えないに違いない。私も手に少しだけ力を入れて、それに応えた。大丈夫、離さないよ。
「ねえ、ヒカル、さっきみたいに、飛べると思う?」私は小声で隣を歩くヒカルに問いかけた。
ヒカルは少し考える様子を見せて、逆に私に聞いてきた。「・・・イナダくんは、どう思う?」
「・・・なんか、飛べそうにない・・・」先程の飛翔で感じた絶対的な開放感が、今はすっかり身体から抜け落ちてしまったような感じがした。
「なら、飛べないわ。イナダくんの意識が、今は囚われていしまっているアサダさんの意識に、少なからず影響を受けている・・・」
そんな私たちのやり取りを不思議そうに見ている小さなアサダさんの視線に気が付き、私は気を取り直して言った。「あ、なんでもない!じゃあ、行こう!」
先には、終わりの見えない暗がりの中につづく道。誰ひとり、歩く人影が見えない。道に沿って、誰かが本当に住んでいるのか?と疑ってしまうほどに不気味に静まり返った家がいくつも建ち並ぶ。本当に、アサダさんの家までたどり着けるのだろうか・・・?否が応でもそんな不安に取り憑かれてしまう。しかし、ここで怯むわけにはいかない。小さなアサダさんを、この無限の迷い道から、なんとかして救い出すのだ。私は少し気負いながら、公園から一歩、外に踏み出した。
・・・つづく。
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