武田信玄の配下に
高坂弾正とういう部将がいます。
この方は、農家の出身で
武田信玄が見出した家臣のひとり
周りの嫉妬もあり、大変、苦労されたようです。
逃げ弾正と非難されることもありました。
自分は、臆病者で大した人物ではないと語っています。
しかし、対上杉謙信の要です。
出来ない方では、ありません。
彼のまとめた甲陽軍鑑は、徳川家にも影響を与え
山鹿素行にも。つまり、忠臣蔵にも関わってきます。
彼は、山本勘助のことも記しています。
片目、片足、指もそろっていない。
戦場で負ったのでしょう。しかも、信玄の父より年上
奇異な目で見られます。
でも、武芸も、戦術も立派
自分と相通じるものがあったかもしれません。
高坂弾正は、何度かこういう言葉を記してます。
「跨下の恥は小辱なり、漢の功を成すは大功なり」
色々あるけど、負けてられないよね。