聖ピオ十世会 Society of Saint Pius X

キリストは勝利し給う、キリストは統治し給う、キリストは命じ給う

1メッセージ (霊の識別:2-1)

2017-02-27 23:40:49 | 聖母マリアとその出現について
第2部メジュゴリエ

1メッセージ (霊の識別:2-1)

メジュゴリエの聖母は聖霊刷新運動を激励する

1 メジュゴリエの聖母は幻視者たちに、刷新運動の使徒たちが来ることを約束しています

2 1983年8月23日から25日まで、出現と一致しその祝福をもって、聖霊刷新の使徒たち3人(すなわち、タルディフ神父、マードル博士[Dr Madre]、ランクール神父[P. Rancourt]の3人)は、教区にペンテコステ運動の儀式を導入しています。すなわち、霊の洗礼、異語、異言、預言などです。

3 カリスマ運動の指導者とメジュゴリエを息吹く霊は全く同じです。

幻視者はカリスマ刷新運動に参加の経験があった。

 クリスマスの休暇中には、イワンは「カリスマ運動のセッションに参加するためにフランシスコ会師によって召集を受けていた」("Dernieres nouvelles des apparitions de Medjugorje" par l'abbe Laurentin, n.1 p.9)

 イワンとマリアは青年用の「祈りのグループ」を司会し、ポドブルドの丘に夜の10時に集まっていました。

カリスマ運動推進派はメジュゴリエを保護する

 スプリット大司教の大司教、ユーゴスラビア人のフラニッチFranic大司教は、ユーゴスラビアで唯一、狂信的にメデュゴリエを信奉しています。

「私は、目の前で一つの新しい教会が生まれるのを見ている。聖霊の教会である。・・・聖霊はいろいろな仕方で働く。私たちの教会の中で、また世界中で働く。私の考えでは、これは全体の大きな動きであって、続きである。メジュゴリエは、いわば、この働きの頂点に立つ。これは全て新しい教会に飲み込まれ、新しい教会は、昔の教会を続け、延長する。・・・メデュゴリエは聖霊の活動の頂点のようである。メジュゴリエの役割は、私は特に別の教会の兄弟たちと近づくことにあると思う。ギリシア正教徒の兄弟たちや、イスラム教徒、マルクス主義の兄弟たちと近づくことにある。聖母はここではただ愛を広げるだけだ。・・・メデュゴリエの聖母を崇敬する私たちの目的は、私たちの天主への信仰と人間への信仰を強めることだ。・・・」

・メジュゴリエとカリスマ運動は切り離せない

 では、カリスマ運動とは?聖霊降臨運動とは何でしょうか?

 聖霊降臨運動の推進者たちは、カリスマ運動の起源・その源・その根本思想に忠実であり続けています。従ってカリスマ運動を良く知るためには、この運動の起源について(この起源は余り良く知られていないのが実状です)の正確な知識を持つ必要があります。


第2部メジュゴリエ

2017-02-22 23:59:05 | 聖母マリアとその出現について
第2部メジュゴリエ

 メジュゴリエとキベホの御出現は、古典的なものとは言えません。これはペンテコステ運動と密接な関わりがあります。はっきり言いましょう。メデュゴリエは、その起源からカリスマ運動の出現です。

カリスマ運動の指導者たちによって仕組まれた御出現

 メジュゴリエの御出現は、カリスマ刷新運動の懐で既に予告され、「預言」されていました。

 ルネ・ローランタン師はこう書いています。

「1981年5月、聖母出現がある以前に、ヘルチェゴビナ地方のフランシスコ会神父トミスラヴ・ヴィラシッチ[P. Tomislav Vlasic]は、ローマで開かれた聖霊刷新の指導者のセミナーに参加し、その時自分について述べられた二つの預言を知らされた。

− ブリージ・マッケナ修道女[Soeur Briege McKenna]は、トミスラヴ・ヴィラシッチ神父が予言者のように、群衆の真ん中に座っている姿を見た。そして、彼の椅子のところから、水がこんこんとわき出て流れていった。

− エミリアノ・タルディ[フ]神父[P. Emilien Tardif]は、神から伝えられた予言者として、「恐れるには及ばない。私は御母をおまえに遣わす」という言葉を彼に知らせた。」(『メジュゴルイエにおける聖母マリアの出現 共産主義国家において全世界に与えられた一大メッセージ ルネ・ローランタン、リュデヴィット・ルプツィッチ共著 尾崎正明訳 タルディ著作刊行協会発行1987年、p47)

 この数週間の後、6月24日、メジュゴリエの出現が始まっています。この第5日目にはヴィラシッチ神父はその場に居合わせています。彼は出現を目撃し、幻視者に質問し、御出現を本物であると確信しています。やはりフランシスコ会司祭であった主任司祭に御出現の場所をポッドブルドー(Podbrdo)の丘から、村の教会に移すことを提案しています。(ポッドブルドーというのは、ボスニア・ヘルツェゴビナにある、石だらけで低い山の麓に付けられた地名です。)

 8月18日には既にヴィラシッチ師は、メジュゴリエの主任司祭に任命されています。その時以来彼は、幻視者を絶えず指導し、巡礼に好意的な宣伝を組織し、管理しています。これは、1984年の秋まであからさまになされました。しかし、彼がモスタールの司教によって人事異動を受けてから、密かにこれを続けました。彼は、定期的にメデュゴリエに来ては指導しました。

13メッセージ (霊の識別:1-8)

2017-02-22 23:51:13 | 聖母マリアとその出現について
13メッセージ

 ファチマのメッセージは全くカトリック的です。

 1917年7月13日、聖母がされた第三回目の御出現の模様を、ルチアはこう書いています。

 「この光景は一瞬間しか続きませんでした。私達の天の良きお母様が、最初の御出現の時に私達を天国に連れていくと約束されたおかげでです。もしそれがなかったら、おののきと恐れのために死んでいたことでしょう。

 恐れのあまり、助けを求めるかのように私達は聖母に向かって目を上げました。聖母は優しく悲しそうにこう言いました。

『あなたたちはかわいそうな罪人たちが行く地獄を見ました。彼らを救うために、天主はこの世に私の汚れ無き御心に対する信心を確立するように望んでいます。もし私があなたたちにこれから言うことを人が実行するなら多くの霊魂たちは救われ平和になるでしょう。・・・』」

 これが第一の秘密です。

 そして、第二の秘密が始まります。聖母は、汚れなき御心に対する信心を、世界の救いと、平和の条件の最終の手段として提示されます。

「もし私があなたたちにこれから言うことを人が実行するなら多くの霊魂たちは救われ平和になるでしょう。

 戦争は終わるでしょう。しかし、もし天主を侮辱することを止めないなら、ピオ11世の統治下で別の更にひどい戦争が起こるでしょう。

 あなたたちが、知らざる光によって照らされた夜を見るとき、天主がこの世をその罪のために戦争と飢饉、教会と教皇に対する迫害を使って罰を下そうという大いなる印を天主様があなたたちに下さっているのだと言うことを知りなさい。

 これを避けるために私はロシアを私の汚れ無き御心に奉献することと、月の初土曜日に償いの聖体拝領をすることとを求めに来るでしょう。

 もし人が私の要求を聞くなら、ロシアは回心し平和がやってくるでしょう。さもなければロシアはその誤謬を世界中に広め、戦争と教会に対する迫害とをもって挑発するでしょう。多くの善良なものが殉教し、教皇様は多く苦しまねばならないでしょう。無くなってしまう国々もあるでしょう。」

 ここで第三の秘密が来ます。

「ポルトガルでは信仰のそのドグマが常に守られるでしょう。等々[ママ]」

 この部分は1943-44年に書かれ、1957年にはヴァチカンに運ばれています。ピオ12世はこのことを知っていたがこれを読もうとはしませんでした。ヨハネ23世はこれを読みました。内容は、もはや世界の平和のことでも原爆のことでもありません。教会に関することです。カトリック教会にとって一番重大なこと、すなわち、公会議前後から始まった信仰の喪失の危機に関わることです。

 ファチマの第三の秘密は、教会の牧者たちが信仰を失ってしまうこと、教会の指導者たちの罰、聖母と悪魔との決定的な戦いの告知、サタンの時が来たことの告知、最後の時の大離教の時が来たことの告知です。

 聖書に預言されていたとおり、特に黙示録の12-13章に書かれているとおり、ファチマの秘密の内容は、これに一致します。

 しかし、この「悪魔的な方針の間違い(diabolic desorientation)」が終わりますと、カトリック復興の素晴らしい時代が来ることでしょう。これは、無条件の約束です。

 「最後には、私の汚れ無き御心が勝利を収めるでしょう。教皇様は私にロシアを奉献するでしょう。そしてロシアは回心するでしょう。そして世界には平和の一時期が与えられるでしょう。」

「ファチマのメッセージは、呼びかけであり、希望であり、この黙示録的な時代における救いです。ファチマは諸国の希望になりました。」「丁度パレ・ル・モニアルがイエズスの聖心の信心のためにあったように、ファチマは、マリアの汚れなき御心の信心のためにあるでしょう。ファチマは、或る意味で、パレ・ル・モニアルの続き、いやむしろ、その結論です。ファチマは、天主が贖いのみ業において一つに結びつけた二つの聖心を、堅く結びつけるものです。」(Cardinal Cerejeira)

 そうです、ファチマは、聖カタリナ・ラブレーに伝えられた「汚れなき仲介者たる聖母」のことを想起させます。その意味で、リュ・ド・バックの御出現の続きでもあります。

 ファチマは、聖ルイ・マリ・グリニョン・ド・モンフォールと、聖マクシミリアノ・コルベによって伝えられたマリア論の確認です。聖母マリアが全ての聖寵の仲介者であるという教えの確認なのです。

10誰にでもはっきりと分かる明確な印 (霊の識別:1-7)

2017-02-22 23:50:14 | 聖母マリアとその出現について
10誰にでもはっきりと分かる明確な印

 ファチマの牧童の慎ましさに関わらず、ファチマではこの御出現が真実のものであることを証明する全くはっきりとした印が与えられました。

 1917年10月13日には、7万人が太陽のダンスを目撃しています。一人残らず全員が目撃しました。当時、ポルトガルはフリーメーソンの政府によって全く牛耳られていました。フリーメーソンは報道機関を全て買い取っていました。ポルトガル共和国政府は、反聖職者主義、反カトリックを全面に押し出していました。政府は、ファチマへの巡礼が発展するのを全力を使って阻止しようとしていました。

 しかし、それにも拘わらず、いかなる報道機関にも、この奇跡が起こったことの事実を否定する記事は載りませんでした。また、太陽の奇跡を見なかったと主張する証人のリストが掲載されたことも、そのような話が載ったことも、一度もありませんでした。

 太陽の奇跡は確実に起こりました。それは誰も否定できません。この太陽のダンスは、天文学上の現象ではありませんでした。太陽は現実に踊ったわけではありませんでした。それは明らかです。この奇跡は、自然現象でもありませんでした。しかも、これは集団催眠でもありませんでした。幻覚、錯覚というのは必ず個人的現象であって、集団に発生するものでは決してありません。これについては、例えば、フランス語で1543ページからなるTraite des hallucinations, par H. Ey. Ed Masson, 1973という専門書が、集団幻覚と言うことがあり得ないと証言しています。ましてや7万人の集団錯覚というのは考えられません。

 これは、天主からのものです。天主だけがこの様な現象を引き起こすことが出来ます。しかし、この奇跡については既に7月のうちから預言されていました。聖母は約束の通り、約束の日に、約束の時間に、約束の大きな奇跡を起こされました。

 ルチアは、御出現の途中で突然叫びます。「太陽を見て!」前夜から朝までかけてひっきりなしに降り続いた雨はその時ぴたりとやみました。空には雲がなくなりました。人々は、それでも太陽をじっくりと凝視することが出来ました。

 火の車のように太陽は動き始めました。太陽は回りながら虹の全ての色を次々にとって、光を放ちました。しばらくたちますと、太陽は止まり、また回り始めました。太陽は3回踊り、突然群衆は叫び声をあげだしました。太陽は空から離れて、血のように真っ赤に染まって、地上に落ちてくるように見えたからです。火の固まりによって群衆は押しつぶされるようでした。全く恐ろしい瞬間でした。そして、太陽は元の位置に戻り、喜びがみなぎりました。人々は使徒信経(クレド)や、サルベ・レジナを歌い始めました。大群衆は、口々にこう言いました。「私たちは天主の印を見ました。私たちは天主の印を見た」と。

 これこそ、カトリック信仰の大勝利、天主の大勝利、聖母の汚れなき御心の大勝利の瞬間でした。

11幻視者の生活における超自然の実り

 これについては、シスター・ルチアの回顧録を読む必要があります。ここにヤシンタやフランシスコの聖徳が書かれています。彼らは聖徳の香りのうちに死んでいます。教会は近いうちにおそらく彼らを列聖することでしょう。

 シスター・ルチアについては、彼女の正直さ、彼女の慎ましさ、謙遜さが輝いているとだけ言いましょう。彼女は、天主のご計画が実現するためにいかなる犠牲を払うこともいといませんでした。

12信者の霊魂における超自然の実り

 ファチマはポルトガルの救いの曙でした。当時、一世紀以上にわたって、特に1910年の革命以来、聖マリアの地はフリーメーソンによって支配されていました。しかし、御出現の後、あからさまな迫害は止み、サラザールSalazarはあからさまなカトリック政府を作ることが出来ました。リスボンの総大司教であったチェレジェイラCerejeira枢機卿は、サラザールとともに、聖母がファチマの御出現によってポルトガルを救われたと公言するほどでした。

 ポルトガルの司教たちは、聖母のご要求に答えるという素晴らしい功徳を積みました。彼らは全員一致でポルトガルを聖母の汚れなき御心に奉献したのです。その後、聖マリアの地に、天からの祝福が雨あられと降りました。回心の奇跡。全国各地で、カトリック信仰の復興が起こりました。政治社会的刷新の奇跡。スペイン内乱中における平和、第二次世界大戦中の平和。ポルトガルは聖母によって奇跡的に保護され、守られました。

8癒し (霊の識別:1-6)

2017-02-21 14:07:09 | 聖母マリアとその出現について
8癒し

 聖母は何度も病の癒しを下さいました。しかし、非常にしばしば、聖母は賢明に、そして堅く、まず病人のまじめな回心の意志がある印を求めになりました。

 10月13日、ルチアは幾人かの病人の癒しを聖母に願いますと、聖母はこうお答えになりました。

「治る人もいますが、治らない人もいます。彼らが生活を改めて、罪の赦しを求めなければなりません。」そして、もっと悲しそうな表情で、「願わくは、人々がもうこれ以上天主、私たちの主を侮辱しないように。何故なら、主はもう既に侮辱され過ぎておりますから。」

9謙遜の雰囲気

 ファチマでは、全ては全くの謙遜のうちに事態が進展しました。天主は、傲慢や虚栄心をあおるような啓示は決してなさいません。

 聖母は、ファチマで、かつてないほど大きな奇跡と印をもって現れ給うた。しかし、この御出現自体については、以前の御出現を上回るものであるとか、と言うことを一言も言われませんでした。長い間ファチマは、ルルドの小さなポルトガル版であるぐらいにしか思われていませんでした。

 人類は傲慢によって罪を犯しました。

 天主は、私たちに謙遜の徳を教えるために、私たちが洗礼の水によって、罪の赦しを受けることを望まれます。たかが、水によって!天主は、僅かなパンの中に隠れて住み給います。天主は、私たちに模範をもって謙遜を教えられます。

 10月13日には、実際、ファチマの聖母はごく僅かなことしかご要求になりませんでした。

「私はあなたたちに、人々がここに私の名誉のために、小聖堂を一つ(capelhina = a small chapel)建てることを望みます。私はロザリオの聖母です。願わくは、毎日ロザリオをいつも唱え続けるように。」

 この日に、全人類がかつて体験したこともない、未聞の大奇跡を7万人が見ています。フォルミゴン神父はルチアにこう質問しました。

「聖母は各地から多くの人々がここに来るようにとお望みになると言われたのですか。」

 ルチアはこう答えました。「いいえ、聖母は人々がそこに来るようにとは、誰にも命じられませんでした。」

 これが天のなさるやり方です。

 秘密については、幻視者たちはそれを明らかにする権限を与えられていません。彼らはこのことに関して全く口を閉ざしています。私たちは、天主様の時に、このメッセージの全容が公開され、これが一字一句実現するのを見てその重大さを知ることでしょう。