60年前に出会った手塚マンガ。
あれは確か「アトム大使」か・・『鉄腕アトム』の前身で昭和26年(1951年)だったかなぁ・・。
勉強もせずひたすら手塚マンガを描き殴ったもんだね。
中学3年の夏、先生から肉筆の「リボンの騎士」のハガキを貰ったときの感動は今も忘れられないね。
懐かしさもあって先生と久しぶりにアトムを描いた。
先生を漫画的に描いた事は何度もあるけど、似顔絵は初めてだなぁ。
「オレはこんなじゃぁ無いぞ!」って叱られそう。スミマセン。
あれは確か「アトム大使」か・・『鉄腕アトム』の前身で昭和26年(1951年)だったかなぁ・・。
勉強もせずひたすら手塚マンガを描き殴ったもんだね。
中学3年の夏、先生から肉筆の「リボンの騎士」のハガキを貰ったときの感動は今も忘れられないね。
懐かしさもあって先生と久しぶりにアトムを描いた。
先生を漫画的に描いた事は何度もあるけど、似顔絵は初めてだなぁ。
「オレはこんなじゃぁ無いぞ!」って叱られそう。スミマセン。
そうです、中学生でまさにマンガ少年をやってました。
月刊誌の「少年」「おもしろブック」「冒険王」「少年画報」
そして幻の雑誌「漫画少年」・・胸わくわくの少年時代でした。
もう一度少年時代に戻りたいですね・・・。
当時他の少年雑誌は付録がわんさか付いてましたが、この「漫画少年」は付録なし、しかも本は薄っぺら・・・。
でも漫画家を夢見る者にとっては貴重な雑誌でしたね。
投稿欄もあり、後世に漫画家として大成した幾多の若者が投稿してましたね。
手塚治虫の「ジャングル大帝」が1950年から連載が始まり、そのワンシーンは今でもしっかり残ってます。
残念ながら漫画少年は経営難?からか5年くらいで廃刊になったようで幻の雑誌と言われる所以です。
小旅行に出かけてまして返信遅れました。
懐かしく、御元気だったころの
声が聞こえそうです。
リボンの騎士を見てました。
もちろん{ジャングル大帝}もでした。
主人はアメリカで3歳か4歳のときテレビで鉄腕アトムを観て感動したのを今でも覚えているそうです。日本で英語を教えていたときは、教え子が「ジャングル大帝」が好きだったので、それを話題にしたこともあるそうです。
ご主人共々鉄腕アトムをご存知でしたか、嬉しいですね。
ネットギャラリーは毎日拝見しておりますが投稿はサッパリごぶさたしております。
目下似顔絵に夢中でして・・・水彩画も忘れた訳ではありません。
明日は水彩画クラブです。油絵も描きたいなぁと・・あれこれ欲が深く時間がたりなくて困ってます。
またネットギャラリーにも参加したいと思っています。