天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

夜半の月

2020-02-16 14:28:00 | ショート ショート
 夕方、父が入所している施設から、連絡があった。

 施設で、誤飲して、意識不明になったため、急遽、救急車で病院に搬送されたとのこと。

 慌てて、搬送先の病院のICUに行った時点で、手遅れなのは、すぐにわかった。

 チューブに繋がれ、もう、排泄すらもできない父は、カテーテルを入れられ、機械に生かされていた。

 機械を外せば、もう、命はない。ただ、繋がれているのは、家族が最後の別れをするためだけ。

 母と一緒に向かった私は、父に触れるのが怖かった。死にゆく父に触ると、何かが、私に流れ込むような気がして。

 母は、逆だった。

 「お父さん。お父さん。」

 話しかけながら、自分の力を、命を、与えるかのように、父の頬を撫ででいた。

 私は、母の愛情深さや、与えることが当たり前のメンタリティに触れ、打ちのめされた。

 なぜ、そんなに献身的になれるのだろう。

 あんなに、父にないがしろにされ、罵られ、最終的には、認知症になって、子供にかえってしまったのに。

 母にとっては、夫。私にとっては、父。

 この立場の違いは、見方も変わってくるのだろうか。

 それとも私は、血の通わない、冷血な人間なのだろうか。

 私は、ただ立ちすくんで、見つめることしかできなかった。

 何時間たっただろうか。

 父のバイタルは、緩やかに下降していっていた。死に向かっているのは、明らかだった。

 「…健太に連絡してくるよ。」

 私は、病院の外に出た。

 県外に住んでいる弟に、電話をする。

 真夜中だ。眠っているだろう。何回も何回もコールをする。

 「…はい。」

寝ぼけた声。やはり、叩き起こしてしまったのだろう。

 「私。お父さんが、危篤なの。今、〇〇病院に入院してる。」

 「えっ。」

 弟は、目が覚めたようだ。

 「なんで。」

 「施設で、誤飲したらしいの。意識不明のまま、〇〇病院に搬送されて。今日が、山場らしい。」

 「…そう。」

 「帰ってこれる?」
 
 「…どれくらいにそっちにつくか、また連絡する。」

 「わかった。」

 私は、スマホを切った。父のお気に入りだった弟。弟が、到着するまでは、持って欲しいと思った。

 …そう思うこと自体が、罪なのかもしれない。父の生存を、私は、もう諦めてしまってるのだから。

 2月なのに、不気味なくらい生暖かい夜だ。ひっきりなしに、救急車のサイレンが鳴り響く。

 私は、空を見上げる。夜空に浮かぶ月は、薄雲に透けている。中天にかかる月。

 長い長い夜になりそうだ。

 



 


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