夕方、父が入所している施設から、連絡があった。
施設で、誤飲して、意識不明になったため、急遽、救急車で病院に搬送されたとのこと。
慌てて、搬送先の病院のICUに行った時点で、手遅れなのは、すぐにわかった。
チューブに繋がれ、もう、排泄すらもできない父は、カテーテルを入れられ、機械に生かされていた。
機械を外せば、もう、命はない。ただ、繋がれているのは、家族が最後の別れをするためだけ。
母と一緒に向かった私は、父に触れるのが怖かった。死にゆく父に触ると、何かが、私に流れ込むような気がして。
母は、逆だった。
「お父さん。お父さん。」
話しかけながら、自分の力を、命を、与えるかのように、父の頬を撫ででいた。
私は、母の愛情深さや、与えることが当たり前のメンタリティに触れ、打ちのめされた。
なぜ、そんなに献身的になれるのだろう。
あんなに、父にないがしろにされ、罵られ、最終的には、認知症になって、子供にかえってしまったのに。
母にとっては、夫。私にとっては、父。
この立場の違いは、見方も変わってくるのだろうか。
それとも私は、血の通わない、冷血な人間なのだろうか。
私は、ただ立ちすくんで、見つめることしかできなかった。
何時間たっただろうか。
父のバイタルは、緩やかに下降していっていた。死に向かっているのは、明らかだった。
「…健太に連絡してくるよ。」
私は、病院の外に出た。
県外に住んでいる弟に、電話をする。
真夜中だ。眠っているだろう。何回も何回もコールをする。
「…はい。」
寝ぼけた声。やはり、叩き起こしてしまったのだろう。
「私。お父さんが、危篤なの。今、〇〇病院に入院してる。」
「えっ。」
弟は、目が覚めたようだ。
「なんで。」
「施設で、誤飲したらしいの。意識不明のまま、〇〇病院に搬送されて。今日が、山場らしい。」
「…そう。」
「帰ってこれる?」
「…どれくらいにそっちにつくか、また連絡する。」
「わかった。」
私は、スマホを切った。父のお気に入りだった弟。弟が、到着するまでは、持って欲しいと思った。
…そう思うこと自体が、罪なのかもしれない。父の生存を、私は、もう諦めてしまってるのだから。
2月なのに、不気味なくらい生暖かい夜だ。ひっきりなしに、救急車のサイレンが鳴り響く。
私は、空を見上げる。夜空に浮かぶ月は、薄雲に透けている。中天にかかる月。
長い長い夜になりそうだ。
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