しまうまハイツの日々騒然

特別な人間でもないけれど、意外と破天荒な日々を送ることもある。そんな人間が何てことない日々を吐き出します

ねこのみみちゃん

2021-08-08 10:29:32 | 何でもない日々
12年位前に祖母と祖父がねこを飼い始めた。

父が祖母と祖父の家に車で遊びに行って、帰るときに車の下にねこがいることに気がついたんだって。
野良か飼い猫かわからないけど人間をめちゃくちゃ警戒していて
車の下を覗き込む父と祖母と祖父を睨み付けていたそうだ。
祖父がねこの後ろから観察してみると
しっぽが丸まって、複雑骨折しているように見えた。
もしかしたら事故にあったのかもしれねぇなぁと祖母に話しかける。
可哀想にねぇと祖母がねこに話しかけた。
父はこのままだと車が動かせないので車を叩いたりしてねこを車の下から出した。

この後の経緯はよく知らないけど、そのねこを飼うことになった。

私は動物があまり好きじゃなくて。
大好きな祖母と祖父の家にねこが来たことをあまり歓迎しなかった。
ねこはみみちゃんと名付けられて大層可愛がられていた。多分嫉妬みたいなのもあったのかもしれない。
みみちゃんもそんな私の気持ちを察したのか、私には一切近寄らなかった。元々祖母にしか懐いていなかったけど、私には姿を見せてもくれなくて、遊びに行っても半日中姿を見せることはなかった。
祖母にお前が来るとみみちゃんがトイレ出来ないって言われたときは地味にショックだった。

週に一回位のペースで遊びに行っていたんだけどなかなか私に慣れてくれなくて。私の姿を見ると目付きが鋭くなり毛を逆立てて逃げ出していた。正直腹が立った。トイレに行く姿を見せてくれたのは5年後位だった。
5年経ってようやく正面から顔を見ることが出来た。
すごい可愛かった。触るのは怖くて出来ないけど、可愛いのはわかった。
お鼻がピンク色なのが可愛さのポイントだった。
テレビに出てくるような可愛らしさではなくて、どことなく野性味がある顔つきだったけど、私はその顔が好きだった。相変わらず触れなかったけど。

みみちゃんがあまりにも私に塩対応なので凹んでいたら、祖父が腕を傷だらけにしながらみみちゃんを抱えて連れてきてくれた。祖父はめっちゃ引っ掛かれていたし、みみちゃんはすぐ逃げた。
なんで祖母にしか懐かないのか。
祖父がよく私の名前とみみちゃんの名前を言い間違えていた。その様子がひどく可笑しくて、みみちゃんが来て良かったなぁと思った。

そんな時祖父が亡くなった。

すごい悲しかった。
みみちゃんも悲しんだりするのかなと思ったけど、いつもと変わらないように見えた。さすがに週に一回来る程度じゃみみちゃんの変化はわからなかった。
祖父が亡くなってから同じ部屋にいてくれる時間が増えた。
たまーにコロコロしてお腹を見せてくれた。

しかし顔つきは変わらず野生だった。基本的には逃げ出していた。
みみちゃんと私の距離感はこの位がちょうど良いのだろう。みみちゃんのストレスになってしまうなら、この位でいい。

しばらくしてみみちゃんの様子がおかしくなった。
体をうまく動かせなくなっていた。
いつもは私の姿を見たら素早く逃げ出していたのに逃げ出せなくなっていた。

人間のパーキンソン病の症状にとてもよく似ていた。

私の事が嫌いなのに逃げ出せないのは可哀想だと思った。嫌いなものから逃げ出せないのはすごくストレスになりそうだ。私は距離を取ってみみちゃんの様子を眺めていた。

すると驚いたことにみみちゃんが自らゆっくり近づいてきて私の足に頭を擦り付けた。もう嫌いな私の事もわからなくなってしまったのだろうか。逃げ出さないみみちゃんに寂しさを覚えた。

とうとうトイレに間に合わなくなってきた。頭はしっかりしているようでトイレに向かおうとするのだが動きがゆっくりになってしまったので間に合わない。祖母は笑いながら処理が大変だと言っていたが、泣きそうな顔をしていた。

もう多分長くない事は私にもわかった。

こんなこと書いたら虐待だと怒られてしまうだろうけど。祖母は決してみみちゃんを病院には連れていかなかった。
私は病院に行った方が良いと何度も伝えたが、みみちゃんが嫌がる事はしたくないと祖母はずっと反対していた。

そして昨日
カエルみたいに四つん這いになっているみみちゃんを見たとき、頭が痺れるような感覚があった。もう生きているのかさえわからなかった。
お腹は辛うじて動いていた。呼吸はしていた。みみちゃんにあわせて呼吸をしてみた。随分早い。苦しいだろうに。

祖母はみみちゃんにずっと寄り添っていた。死んだらじいさんの所に真っ直ぐ行くんだよと何度も何度も言っていた。
病院無理矢理でも連れていけばよかったねぇとずっと言っていた。


私は
初めて
自分からみみちゃんに触った
すごく冷たくて骨張っていた

彼女はほんの少しだけ頭を上げてくれた

帰る時間になった
私はなんて言えば良いのかわからなくて
ありがとうとだけ言って
祖母の家を出た

昨日は何だか眠れなくて
寝坊した
ドアの向こうから父の声が聞こえた

死んじゃった?

実感がわかなかった。
あんなにも死に近づいている姿を見たのに。
祖父の所には行けたのだろうか。

動けるうちに彼女から私に触れてくれたこと、私がいつも遊びに行く土曜日まで頑張ってくれたこと、何だか偶然とは思えなかった。

思えなかったから記録として残そうと思いました。長々とすみません。
友達位にはなれていたらいいな
私も後50年位したらそっちに行くからな
またかくれんぼしよう


最新の画像もっと見る

コメントを投稿