その丸窓の向こうには
きっと触れてはならない
何かがある…
そんな風に私は
思っておりました。
その丸窓のある家は
私の住んでいる家から
ほんの数軒のところに
ございましたので
私がその家の前を
通りかかることは
ほんとうに頻繁に
あったのでございます。
その家に
むかし老夫婦が
住んでいたことは
ずいぶん後になってから
聞きましたわ。
それまで私は
そこには
影が住んでいるように
思っておりましたの。
雨が降っている夕暮れ時などに
傘を傾けて小走りにその家の前を
通りかかったりいたしますと
その家の丸窓に
人の影が映っておりまして
それには実像というものが
伴っておらず
影だけがうっすらと
存在している。
それはとてもとても
妙なものでございました。
その家の前を通りかかりますと私
その丸窓を見上げてただぼんやりと
その場に佇んでしまったりする事が
よくございましたわ。
その影はたぶん
いつもひとりぼっちで
その淋しさから
千代紙で遊んでいたので
ございましょう。
ええそうです。
金や赤や紫の花びらの
型を押してある
うすい小さな千代紙で
遊んでおりました。
それで月の夜に
その家の前を通りかかると
三味線の音が
聞こえてくるんでございます。
といってもとても
曲なんていえたものじゃ
ございませんの。
でたらめにかき鳴らして
いるだけの音が。
私その三味線の音を
聞いておりますと
幼い頃のことを
思い出しますわ。
そう幼い頃たしか私その家に
遊びに行っていた事があるんです。
その家のお子さんと遊んでいたんです。
ええ本当にもう自分の家よりも
その家にいるほうが長いくらいで。
そして私そこの家の老夫婦に
可愛がられてええ私そこの家の
幼女になりましたわ。
その内
おじい様とおばあ様が
寝てばかりで
ちっとも私と
遊んでくれなくなりましたわ。
だって朝も昼も夜になっても
ベッドから起きて
くださらないんですもの。
お肌の色も黒く変色していましたわ。
当然ですわ。
食事もせずお風呂にも入らず
朝も昼も夜も寝てばかりなんですもの。
やがて私は家の外に出ることもなく
丸窓から外を眺めて
過ごす様になりました。
だって近所には
ちょっと危険な家が
あったからなんです。
頭のおかしい女が
一人で暮らしていて
妙に陰気な感じの人で
よく私の家の前を
雨の降っている夕暮れ時に
傘を傾けて小走りに通りかかってました。
そして私のいる丸窓の方を見上げて
ただぼんやりと佇んでいるんですのよ。
とても
私怖くてその人
を見てますと何だか気が
変になっていく気がしてだから私
気を紛らわすために私千代紙で遊んで
おりましたのよ私そう金赤紫の花びら
の型が押された薄い小さな千代紙で私
そう月の夜になりますと三味線をただ
でたらめにかき鳴らして丸窓から
私がわたしを見上げてい
て少し私わたし
狂って
『丸くニャいニャぁ…』
楕〓たまこ〓円
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