あれは…
僕が、まだ幼い頃。
ばあちゃんと
お風呂に入っていたんだ…
ばあちゃんは
タオルをお湯の上に浮かべると
その中心をちょっとだけ持ち上げる。
すると…濡れたタオルと
水面の間に空気が入る。
それを、水中に沈めていくと…
タオルの隙間から
ブクブクと泡が出てくる。
それを見て
僕は…キャッキャッと笑う。
そんな僕を見て…
ばあちゃんも笑う。
そんな事を
繰り返している内に…
僕は何故だか…
泣きたいような…
悲しいような…
そんな気分になって…
でも幼心にも
(泣いたら変だ…)
と思い…僕は
そのままお湯の中に
ぶくぶくと沈んだんだ。
ばあちゃんは
僕がふざけていると思い
…また笑った。
お湯の中から聞く
ばあちゃんの笑い声は
ぼよぼよと…
なおさら悲しく…
僕は暫らく…
そのまま泣き続けたんだ。
そして僕が、小学生だった頃。
叔父さんと、近所の川で遊んでいた。
叔父さんは
石を手に取ると
川に向かって投げた。
ピシッピシッピシッ
石は、水の上を
何度も、バウンドした。
僕もそれを真似て、石を投げる。
ピシッポチャン
駄目だ…上手くいかない…
そうして遊んでいる内に
夕日は空をオレンジ色に染めていった。
ふと…僕は気付いた!
川の向こう岸…
橋のたもと…
一匹の猫が寝ていた。
いや…
それは風景に
溶け込むかの様に
…そこにあった。
横たわった猫は
…死んでいた。
その体は白く
…夕焼けの色に映えていた。
気持ち悪いとは思わなかった…
怖いとも思わなかった…
なのに僕は…震えていた。
叔父さんの背中…
猫の死骸…
夕焼け空…
僕は独り…泣いた。
ひぐらしも鳴いていた。
やがて私も大人になり
東京で働いていた頃…
同じ会社で働いていた娘と
恋に落ちた。
社内恋愛は禁止だったが
恋愛に禁止も何も関係なかった。
その日は
昼から買い物したり
映画を観たりして
少し早めに出勤した。
鍵を開け
オフィスに入ろうとすると
彼女が…
「ハンバーガー食べたい」
と言うので
私は、近くのバーガー店に行った。
ハンバーガーと
飲み物を注文して
私は何気なく店内を見回した。
若いカップル
中年男性
子連れの主婦
高校生
みんなハンバーガーを
もぐもぐと食べている。
若いカップルが…もぐもぐ…
中年男性が…もぐもぐ…
子連れの主婦が…もぐもぐ…
子供達も…もぐもぐ…
高校生も…もぐもぐ…
その時は
まだ自分の感情の変化に
気付いてはいなかった。
会社に戻り
彼女にハンバーガーを渡すと
彼女もまた
もぐもぐもぐと食べ始める。
彼女は、ハムスターみたく
ハンバーガーを食べる。
口の中いっぱいに頬ばって
ハンバーガーを食べる。
とてもかわいい仕草だけれども
それを見たとき私は
頭の中がジワーってなって…
もうそれ以上
彼女の顔を見ていられなかった。
私は
トイレに駈け込み
鏡の前に立った。
抑えきれず
感情が込み上げて
それは涙となり
…頬を伝った。
その瞬間!
すべての出来事が
一本の線に繋がった気がした。
つまり私は…
幸せだったのだ!
幼い頃
ばあちゃんとお風呂で遊んだ。
こんな何気ない日常の一コマも…
いつしか忘れ去ってしまう。
その悲しみを
幼い私は既に感じ取っていたのだ。
川に向かって
石を投げている叔父の背中に…
【生】を感じたのだ。
横たわる猫の死骸に…
【死】の世界を垣間見たのだ。
私は、今…生きている!
しかし、いずれは死んで
誰の記憶の中からも消えてゆく。
なにげない日常は
なにげない毎日を繰り返してゆく。
ただそこに
私がいないというだけの事で…
私を知る人間が
誰もいないというだけの事で…
生の実感と
死の恐怖を同時に感じて
あの時、私は…泣いたのだ。
目の前にいる彼女…
今まで
全く違う人生を歩んできて
たまたま私と出会って
同じ時間を過ごしている。
もぐもぐもぐ…
みんなこうして
食物を摂取して生きている。
しかし、いずれ死んでしまう。
私の前で
ハムスターのような仕草で
ハンバーガーを食べている彼女とも
いつかは別れ…
離ればなれになってしまう。
許されるはずもない恋は
そう長く続けられるはずもない。
人は
独りでは生きていけない…
それは解る。
しかし…
人間関係が
縺れて絡まって…
だから面倒臭くなって
全部を切って…
それでも、孤独に
押しつぶされそうになって
また人を求め…
その糸が
また縺れて絡まって…
そんな事を繰り返していく内に
いつの間にか老い…
朽ち果ててゆく…
老〓たまこ〓爺
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