これらのステージは、自分の自由意思をを最も縛る罪悪感からの脱出でした。
自己否定、自己犠牲、自己破壊、、、罪悪感
自分を信じられてなくて、自分を大嫌いで、自分の気もちや考えを主張できない人は、
これですよー
自分 許可
自分 受容
自分 主張権利
自分勝手なんて絶対にできないやさしすぎる人、自他の気持をよくわかっている人は
主張することは 権利ですよー
言えなかった私は、潔癖症を通して、表現すること、主張すること、伝えることを全力で練習してきたんです。
言えない、と言って我慢していると、相手は解らないから、自分負担が貯まるばかり。
伝えないと自分の生活を妨害されっぱなしになってくるし、限界をこえてきたのです。
長い年月を経て、その時その時自分に向き合い、中から突き動かされるように伝えてきました。
潜在的自己否定があるから、
常に否定された、という感覚が発生して感情的になってしまいますが、1回で伝えられなかったから、あきらめないでタイミングを観て伝え続けました。
それらは、決して自分勝手な一般的エゴではなく、その時必要な本当のことだからです。
今では、自己否定的にネガティブが自分にむいてしまうような感情的にはならずに、さらっと
シンプルにポイントをはずさずに伝えることができるようになってきました。
自己否定エネルギーは、降りかかる火の粉をよけることができなくて、ネガティブを吸い込んでは跳ね返すしかなかった過去の戦闘モードが解除されたんです。
気がついたら、誰もあまり言えない大切な本音(本質)を主張できるようになっていました。
日本人にありがちな
NOということが苦手
おかしいことに対して、おかしいと言うこと。
これが、けっこうできるようになってきたと感じています。
元々臭いものに蓋をする本音と建前は、大嫌いでしたから。
ちょっと話がそれますが、
You Tubeの絵本作家のぶみさんのチャンネルで、体内記憶を語る子どもたちがたくさん紹介されていますが、 その中で、
2025年7月大災害予告について、
集合意識を変える受容ポイントとして、
おかしいことをおかしいと大人達は言わないから、変わらない。
(それをちゃんと言うこと)
とその子は伝えていました。
「主張権利」という言葉は、3年前に長男がベストタイミングで届けてくれました。
随分言えるようになってきたけど、一番肝心なところが言えなくて、自己犠牲になってしまう部分でした。
特に子ども達への母親という罪悪感の根っこみたいな感覚でした。
次世代の長男も、私ほどはひどくないけど子供時代は自分主張ができなかったタイプでした。が、母の私よりも先に手放して主張できるようになっていました。
相手がどんな風に受け取ろうと、自分の考えや気もちを主張するのは「権利」だよ!
長男の一言だから思いっきり響きました。
目からウロコでした。
底にこびりついていたような制限ストッパーが外れました。
この先地球人生が終わるまで、最高の宝物です。
また一つ宇宙からのステキすぎるプレゼントでした💐🛸✨
どんな時も どんな事も 自分を自由にすることを、100%許可するんです。
これもOK あれもOK
こんな言い方しかできなかったOK
それでいいんだ
それでもいいよ
これだけできたら充分
怒って当然 自分だけが悪くない
なんでもかんでも、今まで自分を否定していたことぜーんぶにOKして全面許可するのです。
それだけで、自己肯定感はめちゃくちゃ上がります。
自分ファーストができて、しっかり自分軸に戻ってきます。
感謝や喜びは自動的に上がってきます。
自分制限を取っ払ったら、必ず自己肯定になるんです。
他人軸 バイバイ!
自分軸 ブラボー!
🛸🐬💫🐳🛸🐬💫🐳🛸
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